富士登山のキケン(事故・遭難)と対策
富士山に登りたいけど事故や遭難が心配、という人もいるでしょう。漠然とした不安を持つよりも、具体的に知って準備や用心をすることはより安全な登山につながります。
逆に「みんな登っているんだから、どうにかなるでしょ」という方にこそ、ぜひこのページを読んでいただき役立てていただければうれしく思います。
もくじ
富士山での遭難はどれくらい?
この表は、ここ10年間の夏の富士山での遭難事故の数です。開山期間、夏の約2ヶ月間の内容です。
遭難件数 | 遭難者数 | うち死亡者 | 全登山者数 | |
---|---|---|---|---|
2008年 | 38件 | 43人 | 5人 | 297,875人 |
2009年 | 37件 | 44人 | 6人 | 292,058人 |
2010年 | 42件 | 49人 | 4人 | 320,975人 |
2011年 | 38件 | 39人 | 2人 | 293,416人 |
2012年 | 35件 | 42人 | 1人 | 318,565人 |
2013年 | 82件 | 84人 | 2人 | 310,721人 |
2014年 | 55件 | 61人 | 4人 | 277,494人 |
2015年 | 53件 | 53人 | 0人 | 230,348 |
2016年 | 74件 | 69人 | 2人 | 245,675 |
2017年 | 65件 | 54人 | 0人 | 284,862 |
出典:富士山における適正利用推進協議会
どうでしょうか。
「多い」と思った方、「想像したより少ない」と思った方、事前のイメージにより感じ方はいろいろだったかと思います。この数は警察によるデータですので、通報までは行かないけど遭難一歩手前だった、というような事はもっとたくさんあるのではと思います。
県ごとの内訳としては静岡県側が毎年圧倒的に多いです。要因として、山梨県側(吉田ルート)には助けを得られる山小屋が多いため警察沙汰まで行かない事が多いのではないか、と考えられています。
遭難事故の原因1.【 登山者自身の要因 】
それでは、事故の原因を見てみましょう。厳しい自然とかをまず想像しがちですが、じつは、大きな要因としては、次のようなものです。
- 疲労・体力不足
- 高山病
- 持病
- 装備不足
このように、遭難の原因の多くは登山者自身の問題です。もちろん誰だって疲労するし高山病症状は努力に関わらず多くの方に出ます。しかし、自分の心がけや対策を立てることで減らす事が出来るのです。
事前にできる対策
たとえば次のような対策が考えられます。
- ランニングをするなどして体力調整してから富士登山に望む
- 寝不足や疲労蓄積の状態で登山を開始しない
- 高度順応に十分時間をかける
- 高山病の症状が出たらムリせずに休憩し、改善しなければ下山する
- 初心者は一人で富士登山をしない
- 夜間登山を避ける
- ゆったりなプランにする
- 装備を十分にする
単独行(一人登山)を避けたい理由
初心者の方は、万が一のリスクに備えて複数人数で行くようにしましょう。動けなくなった自分を背負って下山してくれる、とまでは行かなくても疲れて判断も甘くなった時に的確なアドバイスをしてくれるかもしれないし、また、仮に動けなくなった時に助けを呼びに行くなどが出来ます。
また、弾丸登山の自粛が叫ばれているのは有名な話ですが、スケジュールの厳しさだけでなく、夜間歩くことは日中歩くよりも疲れます。足を置く場所にも神経を使うし、見えにくい中見ようとするので目も疲れます。転倒のリスクも増えます。ですので夜間登山を避ける事は事故回避につながります。
ゆったりプランは事故防止に
弾丸登山でなくても、時間を気にして急いで登って走って下りてくるようなキツキツのプランは急な高度上昇による体調不良を誘います。加えて疲労を誘い、疲労は集中力や筋力低下を招き転倒のリスクも増えます。また、判断力も低下させます。ゆったりしたプランで登ることは多くの意味で遭難事故防止につながります。
装備不足のキケン
「山の自然はキビシイ」ということは登山をしない人でも聞いたことのあるフレーズだと思いますが、歩き疲れて疲労困憊した体に打ち付ける雨と風がどれほど命を脅かす危険なものか、ということを町にいながら想像するのは難しいでしょう。
富士山の低い気温のなかでの雨や風は疲れて弱った体から体温を奪い、低体温症を導きます。だからこそ、身を守る装備がとても重要といわれるゆえんで、それは上記のように体が弱った時、そして後述のように困難な環境になった時に大きな差として現れます。
遭難事故の原因2.【 環境的な要因 】
自分でいかんともしがたいのが環境的な要因ですが、同時にそれは町にはない大自然の魅力であったりもします。富士山の特徴を知って的確な判断をすることで、事故のリスクを減らすことが出来ます。
濃霧
濃霧(ガス)により目の前が真っ白になり、目標物が見えないために道を見失うこと(道迷い)は登山で起こりがちな事故の一つですが、富士山でも濃霧による道迷いが起こりやすい場所があります。御殿場ルートと須走ルートの砂走り、そしてお鉢巡りです。
特に砂走りはだだっ広く目印となるものが少ないですが、その対策として標柱や標識が立っています。これを一つ一つ追うようにして進みましょう。同じく、登山道を示すためのロープが張ってある箇所がありますので、これも目印になります。
ただ、富士山のロープはどれも、握って体重をかける目的のものではないので引っ張らないようにしましょう。また、下りの時は勢いが付いていますから登りよりも道迷いになりやすいです。
これら標柱や標識には、現在地番号という現在を示す位置が書かれています。万が一の緊急事態で110番通報して救助要請をせざるを得ない時は、自分の位置を知らせるためにはこの番号を伝えてください。
道迷いになったら
いざ道を見失ったのでは?と不安に感じたらどうしたら良いのでしょうか。もし運良く登山者を見つけたら、不安な気持ちのまま進んだり、「合ってるのかな?」と疑いながら着いて行くのではなく、素直に尋ねてみることをおすすめします。
しかし、もし誰も周りに人が居なければ、正しい道だ!とわかる地点まで引き返すのが、登山の鉄則です。戻る道も曖昧になってしまったなら、尾根を上がっていきます。仮に、すぐに正しい道に出られなくても、上に登り続ければ最終的には富士山の山頂に辿り着けるわけであり、そこから正しいルートに再び入ることが出来ます。
逆に、決してやってはいけないことは、感覚に頼って下り続けることです。下ってきた後に登り返す、ということは面倒でもありますし、人はついつい低い所を選んで進んでしまいがちで、するといつの間にか沢筋を下り、やがて滝や崖にぶつかったころにどうしようもなくなるというパターンに陥ってしまうのです。
時計を見て冷静に
迷った場合、まず時計をチェックするとよいでしょう。真っ白で何も見えない中に一人でいると時間の感覚を失い、数分がとても長く感じられます。「かなりたくさん戻ったのに、あったはずの標柱が無い」などと不安になるものです。自分の感覚を過信せず、時計を見ることで冷静な判断ができるように心がけると良いとおもいます。
夜間
明るいうちに下山する計画で来た人が忘れがちなことは、「日が暮れた後の樹林帯は想像以上に暗い」ということです。特に須走ルートの下りの最後は樹林に入り、道もブルドーザーで均されているわけではない普通の山道を下ることになりますから、ライトが無いと足場が見えずに危険です。
夜間歩く事を前提にしている人はヘッドランプ(ヘッドライト)の備えも十分かと思いますが、日中行動の人も必ずヘッドランプを持参しましょう。基本的に、暗い中を下山することは、足下が見えずに危ないのであえて計画をしないようにしましょう。
しかしそれでも、体調が芳しくなくて予想以上に時間がかかり暗い中の下山となってしまうということは誰にでも十分起こりえることです。
そんな時は早めにヘッドランプを出し、標識が出てくれば地図を取り出してルートの地点を毎回立ち止まって確認しながら、ゆっくり進みましょう。特に気をつけたいのは浮石(石車)に乗っかってしまっての転倒で、これは明るい時でさえ起こりやすいですが暗くなってからは特に注意が必要です。
強風・突風
夏の開山期間は、冬に比べるとはるかに風も落ち着いていますが、それでも十分に注意したいのは強風が吹いている時の山頂火口付近での休憩や、お鉢巡り、また宝永山など落差の激しい箇所を歩く場合です。
富士山の表面はただでさえ砂礫に覆われてズリズリと滑りやすく、傾斜がきつい斜面になれば無風であってもバランスを取って歩くことがしんどい箇所です。例えばお鉢巡りの馬の背のように歩きにくいところで強風にあおられれば、バランスを崩して滑落してしまう危険もあります。
また、山頂付近は突風が吹きやすい傾向もあります。強風のときは行くのを見送るか、危ないと感じたらすぐに引き返す心づもりで望むことが重要です。
落石
落石はすべての山で自然に起こる現象ですが、富士山では特に起こりやすい環境が揃っており、過去には大きな落石死亡事故も起きています。
富士山の表面はレキで覆われて崩れやすく、落ちてきた石を途中で遮る樹木もありません。また、開山時期には多くの人が同時に富士山に登り、その多くは登山初心者で山道の歩き方に不慣れな人になるので多くの人為的な落石が発生します。
落石の破壊力はすごい
子供の頃に、上から投げたものが下の人に当たると大事故になる例として「東京タワーのてっぺんから10円玉を落とすと手のひらを貫通する」という話を聞いたことがありませんか。事実かどうかわかりませんが、とにかく空気の抵抗を受けにくい石は、はじめはゆっくりと転がりだし、次第に重力加速度を増してものすごい凶器となって走りぬけ、時に死者さえ出します。
このことは、すべての登山者が肝に銘じるべきです。2009年に起きた、約600m上から落ちてきた石がフェンスを破り、富士宮ルート五合目に駐車していたキャンピングカーを貫通した、という痛ましい事件が記憶に残っている方もいらっしゃると思います。富士山以外でも落石による事故は度々起きています。
落石を出さないようにしよう
落石を出さない様にするためには登山道を外れて歩かないようにし、さらに登山道の上では崩れやすい谷側を歩かないようにします。石を後ろに蹴るような歩き方やトレッキングポールを雑に突くことで落石を発生させないようにしましょう。
もし、自分が今まさに乗った石が、「足を離したら転がっていく」というような状況になった場合は、足や手を使って石の位置を変えるなどして落石を出さないようにできると良いです。また自分の付近に登山道を伝って落石がやってきたら、安全な範囲で止めてあげると良いと思います。
もし仮に自分が落石を起こしてしまったら、石を追いかけるのではなく「ラーク」や「落石」と叫んで下の人に知らせます。転がり始めは石もユックリなので 「知らせる程でもないか」 と思ってしまうかもしれませんが、それは大きな間違いです。先例のとおり、放っておくと落石はあっという間に凶器に代わってしまいます。はずかしがらずに声に出すことが重要です。
落石を見かけたら
自分が起こしたわけではないけど、落石を見かけた時も同様に叫びます。「自分がやったのでは」と周囲から誤解を受けるかもと心配する必要はありません。はるか上の方でラークと叫んでいる人が居たなら、自分も重ねてラークと叫びさらに下の方の人に知らせます。下に人が見えなくても、叫びます。
特に雨の日でみんながフードを被って下を見て歩いているような天気の時は、声が届きにくいですし上にも気づきにくいので、より大きな声で叫びましょう。
落石に会わないために
まず、”落石注意” の看板がある付近での休憩は避ける事です。特に宝永山第一火口の内部では大規模な落石が度々起こり、立入禁止のロープが張られています。そのような場所には入らないようにしましょう。また、富士山では山頂以外どこで落石が起こってもおかしくないと心得て、休憩時は上方を少し気にかけておくと良いでしょう。特に、ジグザグになっていて真上を登山者が歩くような場所では注意したいところです。また、御嶽山の噴火事件を受けて最近では富士山へのヘルメット持参が推奨されていますが、ヘルメットを被ることは落石対策としても有効です。
落石にあったら
まず、上から「ラーク」の声を聞いたらすぐに上部を確認し、場所を見極めます。インディー・ジョーンズのように下に逃げるのではなく、横に移動してかわします。バウンドもするしジグザグに転がっていったりもするので進路予測は困難ですが、見て避ける他ありません。
雷
富士山では過去には落雷による死亡事故も発生しています。しかし雷は事前にある程度予測することができる点が落石とは違います。落雷人身事故はもはや ”天災” ではなく ”人災” との認識もあります。
雷注意報をチェックしよう
気象庁より、雷注意報というものが発令されます(雷警報というものはありません)。明らかな積乱雲は別として、普段雲を観察しない人が雲から雷の発生を予測するのは難しいと思いますから、家を出る前と、登山中にこの注意報をチェックするのがよいでしょう。情報はスマホ等でタイムリーにチェック出来ますし、吉田ルートなら六合目の安全指導センタ―、富士宮ルートなら五合目の総合指導センターで入手しましょう。
また、登山中に雲行きが怪しく気になりだしたら、山小屋でも情報を掲示している所があるかもしれませんので、聞いてみるのも良いと思います。また、雷は午後発生しやすいことも覚えておきましょう。
雷に会ってしまったら
雷に遭遇した時、どの程度の雷だと落雷の危険があるのか、自分で判断するのは難しいと思います。もし近くに山小屋があれば、避難して通過を待つのが一番です。
もし避難するところのない場所なら、ザックに刺してあるトレッキングポールやカサなどの飛び出たものを外してなるべく周囲より低い場所に素早く移動しましょう。そして地べたに直接座ったり這いつくばったりせず、ザックに腰掛け姿勢を低くして雷が通りすぎるのを待ちましょう。
富士登山のキケンと対策 ”まとめ”
- 遭難の主な要因は、疲れや高山病からの体調不良に加えた装備不足である
- 装備(特にレインウェア)を十分にすることが最も重要
- 体力づくり、ゆったりプラン、疲労蓄積時は避けるなどでリスクを減らせる
- 初心者は一人登山を避けたい
- 濃霧時の砂走り、広い斜面では標柱やロープを確認しながら歩く
- 道迷いになったら、来た道を戻るか、上へ
- 道迷いなどで焦り出したら時計を見て冷静に
- 樹林帯の山道は夕方でも暗くて歩きづらい
- 行動が遅れる事を想定して全員がヘッドランプを持つ
- 落差の大きい箇所(お鉢巡り、宝永山等)での強風・突風に注意
- 落石は勢いが付くと凶器になると心得る
- 落石を起こさないためには、道の谷側を歩かない
- 落石を見たら、起こしたら、「ラーク」と叫ぶ
- 落石に注意して(上の方を気にかけつつ)休憩する
- 雷は予測できるもの、とこころえて情報をゲットする
- 各登山口で指導センターに寄って最新情報をゲットしよう
- 登山計画書を提出しよう