初心者のための登山とキャンプ入門

自転車旅行16日目:長野県沢渡温泉から上高地へ

上高地の河童橋

白骨温泉

2007年5月22日

朝七時過ぎに起こされる。テントの中で菓子パンを食った。梓川の轟音で眠れるかどうか心配だったが、あっさり眠れた。寒さは大丈夫だったが、僕の使っている寝袋は夜中自然にチャックが開き寒い。毎日寒くて夜中に起きてしまう。天気は予報どおり快晴。風もない。暑そうだが最高のコンディションである。標高1000mの朝はなかなかに気持ちが良かった。とみちゃんは朝から足湯につかっていた。

九時過ぎに出発し、白骨温泉に向かう。白骨温泉は日本にはめずらしい白い色をした温泉という。上高地のルートとはそれ、かなりの寄り道となるがとみちゃんは行く気満々であった。

上高地行きの道と白骨温泉行きの道が分かれる。とたん、車の行き来は少なくなり、山は静かに川の音だけを響かせる。だがそんな優雅な気分もつかぬま、恐ろしい角度の坂が延々と続いた。秘湯に入るためには苦労が必要なのである。

のぼりはひどかった。僕は心の中で「この坂はアホか!」と繰り返していた。自転車を降りて全体重をかけないと自転車が進まないのだ。角度がありすぎて足がすべる時もある。そんな坂が休み無くずーっと続いた。滝が流れていたが、ただうるさいだけだった。山は静かだったが、僕の心の声がうるさかった。肩の筋肉はパンパンでふくらはぎはパンパンになり、白骨温泉にたどり着いた。

白骨温泉はそれはそれは小さな温泉郷だった。少し前までは本当に秘湯的な空気を出していたに違いない。僕らは昼飯も食べれる「楳香庵」という温泉に入った。

ここに来て始めて温泉に入ったという気がした。まず匂い。強烈な硫黄臭で温泉ぽさ満点。そして温泉の色。本当に真っ白なのである。露天しかない小さなお風呂だが見たことの無いような真っ白な温泉なのだ。朝っぱらから利用客は多くせまかったものの、かなり気持ちが良かった。坂の疲れが一気に出た。

風呂から出るとこの「楳香庵」で食事をとった。二人でカモネギ丼を頼んだ。僕は大盛りを頼んだが、うつわにいっぱいだから出来ないと断られた。カモネギ丼は鴨の油がどっかに飛んで行って干からびた鴨だった。しかもうつわにいっぱいじゃなかった。食べ終わるとお茶を入れてくれるおばちゃんがやってきて、お茶を入れてくれるのかと思いきや、「お下げしてよろしいですか?」といい湯飲みまで下げようとした。食後の一杯もないんかい!と僕は思った。
とみちゃんが、お茶のおかわりをお願いします、というと「ハイハイ」と言ったような感じで、お茶を二杯ドンドン!と乱暴においた。会計で一万円札を出すと、「一万円ですか」とあからさまにいやな顔をした。注文したのに食事が全く来ない隣の隣の席のじじいばばあは無言になっていた。こんな店つぶれてしまえ、と思う。

本来なら白骨温泉にテントを張る予定だったが、どうも無理そうな空気だったので、僕らは上高地へ向かう事にした。今白骨温泉まで標高300メーターはのぼったであろう。またここから下り上高地まで500メーターはのぼらなければならない。本日合計800メーターをのぼる事になる。本当に大丈夫なのであろうか。

釜トンネル

トンネル、釜トンネル

上高地にゆくまで無数のトンネルを越えた。長いものもあり短いものもある。短いものは出口の明かりが見え安心するが、長いものはそうは行かない。先は全く見えず急に空気が冷たくなる。真っ暗な同じような道を進んでいると本当に出口があるかどうか不安になり、このまま地球の核まで言ってしまうのではないかと不安になる。村上春樹の小説に出てくる「やみくろ」だかなんだかわからんが、そんなものがいても良いように思える。
しかしこのトンネルの闇は考え方によれば安心出来るような、そんな誘惑さえあり、生まれてから今までずーっとこの暗闇の中を歩き続けているような錯覚に陥る。トンネルの中に車が入る。小さい車の音でもトンネルの中では反響し続け轟音となる。トンネルが長ければ長いほど音は反響され膨らんでゆく。インディージョーンズなみに、遠くから巨大なボールが転がってくるのではないかという恐怖にやられる。

「釜トンネル」は上高地に向かう途中にある最後のトンネルだ。最後にして最怖のトンネルである。昔は信号式になっており、一車線しかなく自転車が通る場合は壁にはりつかなければならなかったらしい。今では新しくなり、二車線になり歩道もあるのでその心配はない。
そうそして僕がこのトンネルを越えるとき、実はとみちゃんはいない。とみちゃんは途中にある「逆巻温泉」に入っており、上高地で待ち合わせとなっていた。だから一人での釜トンネル越えとなった。

釜トンネルは全長1.3k。長い事は長いが大した長さではない。ただものすごい角度の上り坂のトンネルなのである。1.3kのトンネルなど自転車をこいでしまえばあっという間の距離なのだが、角度のせいで自転車をこぐ事が出来ない。よってこの長さを自転車を押してのぼり続けなければならないのである。

トンネルの中、しばらくすると上で書いたように恐怖が僕を襲いはじめる。しかもここはマイカー規制されており、通るのはバスとタクシーだけなのだ。この時ばかりは交通量が少ない事をなげいた。
坂がきつくて、自転車が重くて、休み休みではないと前に進めない。腕がパンパンになり体で自転車を押す、自分の体が牛の様に感じる、車椅子に乗っけたじいさんを押しているのではないかと錯覚する、たとえて言うなら工事現場の石を運ぶ一輪の乗り物を押しているようだ。
映画でキリストは、自分がはりつけにされる十字架を自ら山の頂上に運ばされていたがまさにそんな気分である。トンネルの壁にうつる影は僕ではないかのように易々と自転車を押している。
長い間精神世界をさまよい、ギリギリのところでとうとう出口にたどり着いた。もう二度とこのトンネルをこのスタイルで通りたくない。

そうして、とうとう上高地へとたどり着いた。今回の旅で、一番の難関と予想していた上高地にとうとうたどり着いたのである。標高千五百メートル。二人とも無事に到着した。

釜トンネル
かっぱ橋にて
出発地 現在地 走行距離 走行時間 総走行距離 朝飯 昼飯 夜飯
沢渡温泉 上高地 21k 5時間 384.7k パン 鴨葱丼 ラーメンライス