安全な登山のための 体力と運動
登山を始めようと思うとき、まずは筋トレや運動はしておいた方が良いのでしょうか。また体力を付けようと思ったとき、いったいどんなことをしたら良いのでしょうか。
このページでは登山のための運動と、なぜ体力があったほうがよいかなどについて説明しています。
まずは山に行ってしまおう
「登山の前に、運動をしておいたほうが良いでしょうか?」と聞かれたら、「もし余裕があるならばしておいたほうが良いし、時間が取れなければ気にしないで直接山へ行ってしまいましょう」と答えます。
山へ行くことが一番のトレーニングになるからです。
「筋肉をつけてから」「体力に自信ができてから」と考えると、いつまでたっても山に行けなくなってしまいます。
同行者がいるなら
でもそれは、初心者の人が一人や気の合う仲間と二人でとか気軽に、自分のペースでのんびり登山をしようとするときの話です。もし同行者が何人かいていつ行くのかが決まっている場合は、当日に合わせてできる限り動ける体を作っていくほうが良いでしょう。
というのは、「自分が歩くのが遅いのでは」という心理的負担があると、登山中ですら「申し訳ないな」「迷惑かけていないかな」と気になってしまい、楽しめなくなってしまう人が多いからです。
おそらく同行者は初めて山を歩くあなたの歩く速さが遅いとか、体力がないとかなんて思わずに、ただ山を一緒に歩いてくれる事がうれしく、それで十分なのだと思います。
でもやはり登山の歩き方というのはコツがあって、初心者の方はムダに体力を消耗しがちです。
「まずい、自分だけが遅れがちだ。やっぱりジョギングしてくればよかった~」と後悔することが予測される場合は、日常の生活の中でムリなく努力をして当日に臨んだほうが、気分的にも納得がいくと思います。
登山のための日常の運動
やはりふだん運動をしないでいきなり登山をするよりは、事前の運動をしておいて登山当日を迎えたほうが体は楽です。
なにかすごい筋肉をつける、というイメージよりは、「ウォームアップしておく」という感じです。
家に居ながらできる筋トレから始めましょう
登山はもともと「歩くスポーツ」なので、運動と言っても特別なものではありません。これまでの学校生活でやってきたストレッチや筋トレ、テレビでやるような「家に居ながらできる筋トレ」のようなもので良いのです。
具体的には次のようなことから始めましょう。
- 昔どこかでやったような準備運動、ラジオ体操、ストレッチ
- 家の周りをウォーキング
- 仕事帰りにひと駅歩く、仕事中はエレベーターでなく階段を利用
- 家事の動きを利用してスクワットを入れてみる
- 普段車で移動なら、たまに自転車を使う
どうでしょうか。ほんとにテレビや雑誌に書いてあるような、「運動不足を解消しよう!」的な、よく聞く内容ですよね。
できる範囲で徐々に
もし、もう少しできそうなら、次のようなことをしてみましょう。
- ウォーキングからスロージョギングにしてみる
- 近所にある神社の階段などを息が切れるくらいに上り下りする
ちょっと体への負荷を強めた内容です。もし、もっと出来そうだったら、また、条件がそろえば次のようなこともおすすめです。
- ザックに10~15キロの荷物を詰めて、登山に使う靴を履いて、階段や坂道を登る
- 部活でやったような筋トレ(背筋や腹筋)を継続的にやってみる
以上のように、登山のためのトレーニングはあまり特別なことではなく、これまで体育の授業でしてきたようなことで十分です。
これらを、初めは体を運動に慣らしていくことからはじめて、呼吸や筋肉が「ちょっとキツイ」と思う程度にだんだんと「重く」していきます。
筋肉や心肺機能は、負荷をかけることによって鍛えられていきます。大きなエンジンを積んだ車と小さなエンジンの車では坂道を登る馬力が違うように、大きいエンジンを積んだほうが同じ山を登るにも、楽です。
日常でも、体が疲れていれば素晴らしいものを見ても心が動く余裕がなかったりするのと同じで、余裕がない体では余裕のない心になり、せっかく素晴らしい景色を見ても楽しめないかもしれません。それではもったいないですよね。
体力より体調
疲れた体には登山はこたえる
体力もあったほうが良いですが、登山での疲れ具合を左右するのは「体調」が大きいのではと思います。
- 疲れがたまっている
- 寝不足である
- 貧血気味である
- なんとなくダルイ
こんな状態でふだんの疲れや不調が抜けきらないまま登山を始めてしまうと、途端に「しんど~」っていう状態になることがあります。
登りが始まって、大した傾斜でもスピードでもないのに息が切れる。なんだか理由はわからないけど、やたら体が重い、足が重い、いつもは多少走ってもこんなじゃないのに、、、といった具合です。
このまま無理して登れば、あくまで経験上ですが、たとえば富士山なら八合目あたりで高山病になると思います。登山前に体調を整えておいて元気に登山に臨むことは、体力をつけることよりも大切です。
歩き始めてから不調に気づいたら
歩き始めてから体の不調を感じて、「そういえば最近ずっと寝不足で疲れが溜まってたかも…」と気付くこともありますよね。
もし一人なら下山すれば済むことですが、数人で歩いているならば、「ちょっとしんどいから、私、帰りますわ」と気軽に言うわけにはいかないですよね。
登山では基本的にパーティー(グループ)を分けて別行動、ということはしないので「この先バテて、みんなに迷惑を掛けたらどうしよう」と気になってしまうこともあるかもしれません。
のんびりと亀の様に歩く
この時のまず一番の対処法は、体がなれるまで歩きながら様子を見ることです。
具体的には、息が上がらない位のノンビリペースでまるでカメのように「小股で立ち止まらず」に歩くことです。
カメのペースとは、具体的には鼻呼吸ができるくらいです。口を開けてハアハアと呼吸をしながらの登山は長続きしません。大股で歩くと筋肉も使うし、すぐに息が上がるでしょう。
小股とは、極端に言えば、先に出した足のつま先と次に踏み出した足のカカトがぶつかるくらいです。つま先とカカトの間に靴半分くらいの間隔を空けても息が上がらないようなら、それでも大丈夫です。
止まらずに歩く
この時「止まらない」で足を出し続けることはとても重要です。一定のリズムを作りますし、のろくても止まらない限りは進んでいる事実があるのです。
とりあえず2回休憩が来るくらいまでは、こうやって、あまり考えず、悩みすぎずに無心でやり過ごします。
休憩が来たら、余計なおしゃべりは控えて、ザックに腰をおろし、行動食は糖分とか塩分とかミネラルをくれそうなものを積極的に多めに取り、水分も多すぎない程度に取ります。
衣類や靴紐をチェックしたら、おとなしくストレッチでもして英気を養います。
こうしていると、体が慣れてきて「いつの間にか、しんどさを気にすることもなくなったわ」となることも多いのです。体が登山のペースに合ってきたとでも言うのでしょうか。
誰でもやはり登り始めて体が慣れるまでがつらかったりもします。なので、そのときにあまり深刻に考えすぎないで時を待つのも一つの手です。
ハイレベルな登山なら早めの自己申告も
パーティーで目的を強くもって挑む登山とか、長期間の登山とか、ハイレベルな登山になってくると事情が違います。
一人の体調不良は隊のみんなの行動計画に影響し、ときには迷惑をかけます。
体調管理は自己管理ですが、責められることを恐れて体調が悪いのを隠しておくことは”報告義務違反”といった面もあったりします。
ふつうの「つらいな~」っていう疲れと、「ちょっとこのままだとまずいかも…」の体調不良の境界線は分かりづらいかもしれませんが、気になったら早めにリーダーに申告しておくのが良いです。
リーダーは不調者の様子やこの先の行程も気にしながら、全体の計画を遂行させるための一番良い方法を取るはずです。
具体的にリーダーは、弱っている人を隊列の2番目に入れてムリないペースを作ってあげたり、体調が回復するまで不調者の荷物の一部を他のメンバーが分担して荷物の負担を減らすなどの方法で様子をみたりします。
それでもペースが戻らないようであれば、隊を2隊に分けて本体は先に行って設営や食事作りをし、誰かが不調者を引率してゆっくり到着するなどの方法を取ることもあるし、予備日として確保していおいた日を翌日に当てて体を休ませる日にしたり、天気も考えながらルートを短縮するなどの案も検討しつつ、計画遂行のために作戦を練るのです。
体力が必要な理由は安全のため
初心者が「登山やってみたいな」と始めたとき、誤解を恐れずに言ってしまうと、体力なんて気にしなくてよいと思います。
でもそのうち、重い荷物を背負った何日間にもわたる縦走や、厳冬期の冬山の登山などにチャレンジしたいと思ってくると、体力がそれなりに大切になってきます。
もちろん体力がないと辛くて楽しめないことはかんたんに想像できると思いますが、一番の理由は、安全のためです。
体力がないから危険をまねいたエピソード
体力がないことと危険がどう関係するのか、具体的な事例でイメージしてみましょう。
例1:熱中症の症状に似ているということで急遽下山
夏の長期山行の初日、10日分くらいの食料やテントをみんなで担いで入山した。荷物がものすごく重く、疲れと暑さで一人のメンバーが具合が悪くなった。
なんとかテント場には到着したがぐったりしており、熱中症症状に似ているということで翌日急遽下山になった。
そこまでの暑さではなかったので全員が体調不良になったわけではないが、やはり普段より重い荷物を背負ってのキツイ場面で耐えられなかった。
例2:転んで足首をねん挫
3日間縦走して最終日の長い下山で、足がずっと小鹿のようにプルプルして、ひざが笑った状態に。かなり気を付けて下ったつもりだったが長時間はもたなかったようで集中力も続かず、最後の最後でうっかり石車(浮石)に乗り、転んで足首をねん挫をした。
その後は荷物を全部他の人に持ってもらって、なんとか帰った。
例3:富士山で肩を借りてなんとか下山
富士山に行ったとき、なんとか勢いで山頂までたどり着いたけど、疲労困憊状態での長い下りは予想以上に大変だった。フラフラして足元もおぼつかず危なかったので仲間の肩を借りてなんとか下りた。ぼーっと意識がとびがちだった。
例4:疲労で判断力の低下。あわや遭難に
下山中、地図に書いてある車道が出てこなくて「おかしいな」と思った。建設予定の道がまだ実際には作られていないんだ、と考えて、そのまま下山した。
下りてみるとやっぱり道を間違っていたらしく、別の下山口に着いた。
なんとか家に帰れたのでよかったが、あとで冷静に考えれば、まだ作られていない道路が地図に載るはずがないのに、あの時はそんなふうに自分の都合のいいふうに思い込んでしまった。
疲れすぎて判断力が落ちるとこんなこともあるんだな、とこわく感じた。
これらは、私の身の回りで起こったことで、登山ではよくあるような話です。
精鋭的な登山を続けている人に話を聞けば、もっと冷汗が出るような話が聞けるのかもしれませんが、怖がらせることが目的ではありません。このように、体力がないと疲れやすく、結果としてケガや事故を招きやすいことがわかります。
体力がないと集中力や判断力に影響がでる
疲れてしまうと筋力だけでなく、集中力や判断力も落ちます。頭がぼーっとしてとっさの反応も遅くなります。元気な時なら踏まないような石を踏んで転倒し、ケガにつながります。
筋トレで鍛えていればなんともない下りが、乏しい筋肉で必死に下るとひざがすぐに生まれたての子鹿のようにプルプルと笑い、力が入らなくなります。
これも相当注意しないと転びやすくなります。乏しい筋肉を補うために筋に負担がかかってしまい、変に筋を傷めたりしてしまいます。
また、すっかりくたびれて計画よりかなり時間が押していることに気付いたときに、このまま予定していた幕営地までがんばって歩くのか、今日は一つ手前の幕営地までに変更して明日以降の計画を組み直すのか、すぐに判断しなければいけないときがあります。
そのときに明日の天気や水や食料の残り、メンバーの体力を計算して合理的な判断ができるかどうか。疲れ果てていれば良い判断もできません。
体力をつける努力をしていくことは、疲れにくくなるばかりでなく、何かあったときに結果的に安全につながってくるのです。