登山をはじめる 3 -計画を立てる-
「登山をはじめる 2 -山選びと下調べ-」では、山の選び方と下調べの方法について詳しく書きました。
このページではいよいよ具体的に登山計画を立てていきます。ガイドブックから山を選び、地形図をプリントして情報を書き込み、そして登山計画書を作る、という流れになっています。
登山地図のおはなし
地図の大切さ
まずちょっとまじめに、地図の大切さを書きたいと思います。
「登山に地図が大切って、当たり前でしょ。道に迷ったら困るし」と思われると思います。そのとおりなのですが、実は、地図を持たないで山に来る人もとても多いのです。「見てもわからない」「見なくても看板とか、人に聞けばいい」いろんな理由があると思いますが、大切なことは、どんな簡単な登山であっても事故の可能性があり、想定外のアクシデントがあったときに自分だけでなく探してくれる人にも迷惑をかけるということです。
みなさんはお盆やゴールデンウィークのあとに流れる遭難ニュースをテレビで見て、「あんな軽装備で山に入って遭難しましただなんて、迷惑な人だ」という声を聞いたことはありませんか。
登山は自分から進んでリスクのあることをするのですから、「全部自分の責任でやる」「絶対に安全に下山する」という意識を持たないと無責任な登山者となってしまいます。
そのために、装備や計画の準備もさることながら、「地図をしっかり持っている」ということは、「自分の足で歩いてしっかり帰ってくるぞ」という必要最低限の意識の表れでもあると思うのです。
地図の種類
よく登山で使う地図には2種類あります。
登山地図
1つ目は、登山に役立つバスや山小屋やコースタイムなど、誰か(地図会社)が調べた便利情報が盛り込まれた「登山地図」です。昭文社の「山と高原地図」が最も利用されている登山地図です。下記リンク先のページで詳しく紹介しています。
地形図
2つ目は「地形図」です。これは国土地理院が測量して作成したもので、元データです。地形の情報が最も細かく表示してあるので、ここに表示されている等高線のくっつき具合から斜面の傾斜を想像したり地図記号などから地形を読んで、それと今見えている斜面や景色や歩いてきた記憶とを集結して現在地を確認したりするのに使います。
これから登山を始めようという方には必ず地形図を携帯することをおすすめします。どうしても地形図くらいの縮尺(こまかさ)でないと、歩いた道と見ている地形とを照らし合わせるのにピンと来ないからです。
スマホの地図アプリ
デジタル好きな人ならば、スマホの地図アプリを併用すると楽しさが増すでしょう。GPS機能を利用することで、現在地もかなり正確にわかるので安心感が得られます。また、自分の歩いてきた道を地図上に時刻情報ととともに表示できるので、記録を兼ねることが出来ます。その記録をウェブサイト上で共有し登山者同士コミュニケーションを取ることも出来、登山の新たな楽しみ方の一つになります。
スマホのマップとGPS機能だけで登山をすることについては賛否両論があります。充電切れ、水濡れ、故障リスクなどデジタルモノのもろさなどがよく挙げられる理由ですが、それだけではないような気がしています。
「否」の理屈には、自然が相手の世界でデジタルものに頼りすぎてしまいがちになる危険とか、「地形を読もう」という意識低下からの登山技術やリスク管理意識低下なんかも暗に含んでいる気がします。
なので基本は、紙の地図利用をベースとした上でのアプリ併用が良いのではと思います。紙で広げて全体を把握しながら細かい部分を見ることと、スマホの狭い画面を移動させて必要な部分だけを見るのとでは得られる情報も違います。
このサイトではDIY GPSという初期に出た地図アプリを利用したちょっと手間のかかるやり方をレビューしていますが、地図アプリは日進月歩で進歩しています。
「登山地図 アプリ」などで検索すると有料のものから無料のものまでたくさん見つかりますので、自分のスマホのOSで使えるものの中からお好みの方法を試してみてください。
計画を立てる1. 山選びと交通事情の調査
それではいよいよ、山選びと下調べのページで紹介した内容を参考に、具体的に山を選んで計画を立てて行きます。
登山初心者の25歳会社員、東京都狛江市在住の男性「ノボルくん」が登山することをイメージし、計画を立ててみたいと思います。
ガイドブックで山選び
初心者のノボルくんは「いつかは富士山に登ってみたい」という夢があると仮定し、今回は富士山登頂のコース以外にも周辺コースがたくさん載っている、こちらの本を利用して計画を立てたいと思います。
こちらの本は、登山ガイドとして役立つコースタイムや地図などの情報が十分なことに加え、日帰りができる「富士を眺める山歩き11コース」が載っています。
富士山の登頂を目指さずに周辺を歩く「富士山ウォーキング」のコースも紹介されているので色々な季節の登山を楽しめます。
このガイドブックの中から、今回は 「金時山」を選びました。金時山は日本百名山の一つで、山頂から富士の絶景を味わえます。
登山レベルが「初級」で、コースタイムも「3時間40分」なら長すぎないし、体力も★3つ評価のうち「★(星1つ)」。
技術は「★★(星2つ」なのでやや気になるところですが、ガイドブックには、
- ★ は景勝地などの整備された遊歩道や散策路
- ★★ は「道標が整備され、難所のない登山道」
と説明があります。難所のない登山道なので初心者でも問題ないでしょう。また、短いコースですが同じ道を往復しなくて良いところも素敵ですね。
しかし、今回の例で金時山を選んだ一番の決定打は「アクセス」の良さです。「新宿から高速バスで金時登山口まで1時間59分」。バスで一本で登山口まで行けるので登山デビューにはうってつけです。
こうして、金時山 標高1,213mに登ることを「仮」決定しました。次により詳しい情報を調べていきましょう。
交通事情調査
金時山登山のコースタイムは3時間40分。山頂からの眺めはこのコースの一番のポイントなので、そこで1時間くらいは休憩を予定。日暮れまでに下山し、その日のうちに帰宅できるのかどうかを調べます。
高速バスのダイヤを調べる
まず、今回の場合、高速バスのダイヤが一番肝心でしょう。
登山者を乗せていくのだから、早めに登山口に着くようなダイヤがあるとは思いますが、もし到着時間が遅い便しかないとか、帰りの最終バスがやたら早いとか、本数がめちゃくちゃ少なかったりしたら別の山に変更したほうが良いかもしれません。
ネットで「新宿 金時山 バス」と入れて調べるとたくさんのブログが出てきて、そのいくつかを経て大元のバスを運行している会社のHPにたどり着きました。
ダイヤを見ると、始発は新宿を6:35に出発して金時山登山口に8:40到着、という、ナイスなダイヤです。しかも毎日運行。料金は1940円。
この様にバスの便が多いということは、ガイドブックにも書いてあるとおり、人気のある山・人気のあるエリアだということもわかります。
なお、個人が書いたブログは、情報が古いままだったり間違いもありますが、ざっくりした理解をするのに役立ちます。しかもこうやって大元の情報源までたどり着くきっかけになってくれるので利用価値もあります。
高速バスのダイヤは問題なさそうです。次は全体的な時間を考えてみましょう。
全体的な時間を考える
8:40に登山口に到着し、準備をして9時ごろ歩き出すとします。コースタイムが3時間40分と山頂での休憩1時間を足します。サッと歩いて普通に下山したら14時ごろ。 写真を撮ったり景色を眺めたりしたら15時というところではないでしょうか。日が暮れるまでに十分下りて来られそうですね。
ノボルくんの自宅から逆算してみます。 最寄りの狛江駅から、6:35新宿発のバスに間に合うでしょうか。
グーグルマップで、狛江駅発、新宿到着、乗車日と到着時間を設定して検索。5時36分の電車に乗れば間に合うとわかりました。少し早起きにはなりますが、高速バスで2時間眠れるのでOKですね。
帰りのバスを調べる
今度は反対方向の時刻表を見ると、金時山登山口からの最終バスは18:12とありました。すいぶん遅くまでバスがあるので、これならのんびり歩いてもバスに乗り遅れる心配はなさそうです。
それに、万が一何かトラブルがあって最終バスに乗り遅れても、金時山登山口から御殿場駅まではバスで23分。と言うことはタクシーなら15分程度だと思います。それなら、タクシーを呼んでもそこまで膨大な金額にならないでしょう。 一応タクシー会社のHPも見ておくと安心です。
バスのチケットは買えるのかどうか
あとはバスのチケットが買えるのかどうかです。人気のエリアなら週末は満席ということもあるかもしれません。不安な場合は予めネット予約をしたり、電話で空席情報を確認しましょう。
行き帰りのバスもOKで、問題なく日帰り登山ができそうです。続いて歩くルートの予習をします。
計画を立てる2. 地図をプリントして歩くルートの予習
地図で全体の雰囲気を把握
ガイドブックに「金時山から富士山の眺めが絶景」と書いてあったので、まずは簡単にグーグルマップなどで金時山と富士山の位置を確認してみます。 金時山の北西に富士山や御殿場の街があります。すぐ南には箱根もありますね。
国土地理院の地図で山を詳しく見る
続いて国土地理院の地形図を開き、金時山を詳しく見てみます。下のリンクをクリックすると画像と同じ場所を開くことができます。
イメージわかないなあと感じたら、国土地理院のサイト上で色を付けたり陰影をつけられるので試してみてください。
サイト左上の「地図」というアイコンをクリックすると、地形図上に様々なレイヤーを加えたり透過率を変えたりして、自分の見やすいオリジナルの地図を作ることができます。
こうやって地図を見ていくうちに、自分が登る山のイメージが見えてきますね。
地形図をプリントし、書き込む
金時山のだいたいのイメージが掴めたら、今度は地形図をプリントして情報を書き込みます。
地形図に直接書き込むことで、登山するコースをより具体的にイメージ出来るようになります。またその地図は本番でも役立ちます。
※ 地形図のプリントは地理院のサイトから簡単にできます。用紙サイズの設定から「高画質」を選んでプリントしましょう。
歩くコースをペンでなぞります。ハシゴやロープやがれ場などの危険箇所、迷いやすい箇所、道標や分岐の目印、ガイドブックやブログの山行記録から拾える眺望などのポイント… などなんでも書き込んでおくと良いでしょう。川を水色で塗ったり、書き込んだりしているうちに地形が見えてきます。
もう少し本格的には磁北線を引きますが、それはまた別のページで説明します。
高尾山など観光の山だったら何も考えずに景色だけ見て帰ってくることもできてしまうのですが、こうやって情報と地形図と実際の現地を照らし合わせながら歩いていくことは冒険的で楽しくもありますし、看板や道標がたくさん設置されていない雄大な自然の中を歩きたいと思った時に必要な技術になってきます。
さらに、ブログの情報もチェック
「金時山」で画像検索をすると、地図の画像がたくさん出てます。その中の同じコースを通っている画像からブログを選択していって、登山口の入口の写真や、分岐の写真、トイレの写真、道の様子などの情報を仕入れ、プリントした地形図に書き込みます。
今回は金時山山頂にある金時茶屋の「まさカリーうどん」が人気なことや、有料のバイオトイレがあること、今回のガイドブックには載っていなかった公時神社コースも見どころが多くて人気なコースであることなどもわかりました。
山と高原地図を買う
ここまでで金時山登山のイメージがだいぶ持てるようになりました。でももう少し金時山の登山ルートやその他のルートを詳しく調べたい、もう少し広い範囲の地図が欲しいなあ、ということで「山と高原地図 箱根 金時山・駒ヶ岳 (山と高原地図 30)」を購入しました。
山と高原地図にはガイドブックやブログにはなかった情報があったので、それも地図に書き込んでいきます。そしてこの山と高原地図は全体を把握する地図として、予備の地図として登山に持っていくことにします。
イメージトレーニング
登山の予習は十分にできました。しかしもしできたらさらにやると良いことがあります。
それは、地図を読んでイメトレすることです。
それをするに当たり、その山全体がどういった塊のなかに位置するのか、そういうのを大きいところから見ていくと良いですね。
例えば今回の金時山なら、金時山は箱根山と総称される山の塊の一つで、ぐるっと連なる外輪山の一つということがわかります。
そして今回は、そのぐるっとした山並みの輪っかの内側から、峰々が連なる稜線に上がって、反対側に見える富士山を眺めるコースである、ということもわかります。また、火山によってできた山で、念のために火山情報もチェックしたほうが良いこともわかります。
箱根のように観光地にもなっている山だと、コースによっては「整いすぎている」というデメリットもあるかもしれませんが、その反面、山のできかたや歴史についても情報が多く、よりその山を深く知ることができたりします。
金時山は「日本ジオパーク」の認定も受けているようなので、調べていけば地質や自然についてより詳しい情報が得られます。こんなふうに、大きいところから見ていくとおもしろさを発見できます。
あと、上で紹介しているガイドブックにはアップダウンの標高が載っています。
せっかく載っているのだからこういうのを活用し、地形図とにらめっこして、「ここから○m登って、そのあと○m下って…」と実際に歩いた気になって、まずは高低差を確認してみると良いです。
さらに地形図から読み取れることを探していきます。
たとえば… 金時登山口のバス停からのルートは、実線になっているから、しばらくは普通の道路なんだな…これを500mくらい歩くんだな… 川沿いに山に近づいていって、ある時その道路から離れて右手に山道に入るところがあるんだな…山を登り始めて、等高線が13本くらいあるから、130mくらい標高を上がった辺りから、針葉樹林マークから荒れ地に代わっているな。なるほど、ガイドブックに「樹林がきれ、空が開けて明るい」って書いてあったのはここのことなんだな…という具合です。
初めての登山からここまでやっていこうと思うと大変ですが、徐々にこういう「予習」をしていくと、登山の楽しみが増えると思います。
登山計画書を作ろう
最後に登山計画書を作成します。
登山計画書には色々とありますが、今回は紙に印刷して空欄に書き込んでいくスタイルにしました。自分以外の人が見ても計画が手に取るようにわかるイメージで書くのがポイントです。
細かい行動予定を書く
「行動予定」の欄が数日分に分かれていますが、私の場合、この欄を利用して下記のように書くと思います。
3月8日(日)
5:20家を出るー5:36狛江駅発ー(電車)ー6:03新宿駅着 6:35新宿駅バスターミナル発ー(高速バス)ー8:40金時山登山口着
9:00登山口発ー(0:30)ー八倉沢峠ー(0:25)ー分岐ー(0:25)ー金時山山頂1213m 10:40着
11:40金時山出発ー(0:45)ー長尾山1144mー(0:20)ー 乙女峠 13時着 ー(0:40)ー乙女口ー(0:15)ー公時神社入口ー(0:10)ー金時登山口 14:30着
金時登山口 14:42発ー御殿場市温泉会館 14:52着 御殿場市温泉会館 16:12発ー(高速バス)ー18:30新宿駅バスターミナル着
( )の時間は、ガイドブックに載っていたコースタイムを持ってきました。
山頂、乙女峠、登山口の到着時間は、コースタイムに30分とかを適当に足し「だいたいこのくらいに通過するかなあ」というキリの良い目安時間を書いておきました。 今回の様に短いコースだとあまり意味はありませんが、長いコースを歩く時などは目安となり役に立ちます。
その他の情報も書き、コピーを用意する
万が一遭難をした場合、登山計画書は重要な情報となるので装備や食料のこと等も詳しく書きます。
そして計画書が完成したら2枚コピーを用意して、1枚は家に置いていき、1枚は登山口に登山届のポストがあれば入れ、原本は自分用に持参します。
登山届とは
登山届とは、登山者の個人情報、登山コースや装備などを記載した登山をする際に提出する書類で、登山計画書と同じです。遭難の際にはこの情報をもとに捜索します。登山口に登山届けのポストがあればそこに投函します。
登山届についてはいろいろな意見がありますが、近年では登山事故が増加傾向にあることから、登山届を出さずに登山をすることにペナルティが課せられる山域もあります。ルートがある市区町村のHPを確認するようにしましょう。
登山計画書 まとめ
登山計画書はそのまま登山届としても使えますし、遭難したときに捜索するために使うだけでなく、自分の頭の中で計画全体を把握したりすることに大活躍します。数日に渡る山行になると装備も増えてきますので、忘れ物などを防ぐのにも役立ちます。
メンバーと情報を共有できることも重要です。同行者も「頂上で1時間休憩するなら、温かいコーヒーを沸かそうかな」と、行動の見通しが付きます。リーダーが下調べして作った計画をまとめてメンバーに示すことで「あれどうする?」「これどうする?」と何度もやり取りをしなくて済みます。
慣れてきたら、日帰りハイキングなどでは登山計画書を作らないことも出てくると思いますが、初心者は積極的に書くようにしていくと、勉強と経験値も増えるのでおすすめです。
ちなみに、都心から金時山へは日帰りツアーもあります。
ツアー登山はとても便利です。しかし個人の登山の場合、ツアーで連れて行ってもらったら知り得なかった情報を自分で調べて頭に入れてから山を歩き、自分で道を確認して歩いてくるという、すばらしい登山者としての経験ができます。
誰かに連れて行ってもらう登山も価値がありますが、自分が主体的になる登山はとても楽しいです。初心者の人は低山からでもこうやって主体的にやる登山をきっちりしながら、あこがれの山をめざして登山技術を高める喜びを知ってほしいです。