朝日連峰縦走日記 ⑤
朝日から以東岳。暑くて長くて辛いくらいがちょうどいい
12日、5:15集合写真を撮って、大朝日小屋出発。他の登山者も続々と出発している。昨日のいやなおじさん2人組みもさわやかに私たちに声を掛けて鳥原山方面に去っていった。足元には今日も雲海が広がっている。頭の上は雲ひとつ無い快晴だった。北側には月山がきれいに見えていた。竜門小屋で待ち合わせして男2人とも別れた。緩やかに中岳をまいていく。早朝はすごく涼しい。中岳の下りだったか、沢子が「右足がぐるりんとなりました」といって足をひねったんだっけ。ちょうど30分歩いたから小休止してその後あまり気にしていなかったんだけど。エアリアのこのあたりに「池塘」と書いてあったけど池塘は見当たらなかった。また左手に見える西朝日岳の南側斜面には「雪食地形」と書いてあった。それがどういうものか良く分からなかったけど急な斜面で小さな谷が刻まれていた。
7:05西朝日岳について休憩を10分取る。先には竜門小屋や寒江山の3つのピークや以東山のピークなどが見えた。このあたりの記憶はあまり無いけど、日暮沢コースへの分岐を経た時に竜門山を超えた事を知った。すぐに小屋への下りとなって2人が見えた。
8:10竜門小屋に着いた。小屋は緩やかな草原の中のような、すごくいい場所に立っていた。道のすぐそばにホースから大量の水が出ていてその下のバケツに注いでいた。バケツの中にはビールと1本のきゅうりが浮かんでいて水の流れでグルグルと回っていた。小屋の横には机とセットのベンチが2つあって、日陰の方でクリケンがお茶を沸かして待ってくれていた。ここでは昼食のサンドイッチを食べることになっていた。北尾君が既に食料などをザックから取り出して準備していた。フランスパンと超熟ロール、生ハムとたまねぎ、マヨネーズとツナ、塩コショウとカラシとバター。いろんなものが石のテーブルに並んだ。お湯を沸かしてポタージュも飲んだ。サンドイッチはすごくおいしかった。こういう塩からいものはすごくおいしく感じる。一気にパンがなくなったのでもう少し盛ってくれば良かったと思った。クリケンが自分の2袋目のカラムーチョを振舞っていた。風が吹いていたから日陰は直ぐに寒くなった。半そでの北尾君がぶるぶると震えていて、「上着とってきなよ」って何度促しても「いい、めんどくさい」と言って我慢していた。絶えられなくなって3m横の日向に逃れた北尾君は「あったけ~天国だ~」などと言っていた気がする。みんなそっちに行って温まった。水は冷たくてすごくおいしかった。西側には雲ひとつ無かったけど、東側にはまだ雲海が広がっていた。沢子はこのころも相当虫を嫌がっていて、私が夕ちゃんからもらった頭にかぶる網を貸してあげた。カッパみたいで笑えた。
今日の宿泊地として2時間半先にある狐穴小屋泊も考えないでもなかったが、下山日の行程を考えると、また今の時間を考えても予定通り以東小屋泊でよいと思った。北尾君たちとそれを確認して、先に行って寝る場所を確保しておいてもらうということで別れた。私たちはその後トイレに行ったり水を汲んだり管理人さんと話したりしていてなんと合計1時間半も休憩したらしい。
その小屋のおじさんは、焼けた肌に白いひげで、九段讃岳会の海野さんに一見似ていた。沢子がトイレがきれいというと「みなさん良く間違えるけど、きれいなんじゃなくてきれいにしているの」と言った。めんどくさい人かと思ったけどトイレは本当にきれいだった。ここも水洗だった。ドアも開放されていてにおい1つしなかった。私がトイレに行っている間、沢子はおじさんと蜂の話をしていた。「白い毛皮をまとったまるっこい蜂は刺さない。アブは刺す。目が緑の角ばったやつもアブで、刺す。アブは払ったほうがいい。蜂は何もしないほうがいい。スズメバチは絶対に払ってはいけない、攻撃されたと思い、刺した挙句に仲間を連れてくる」などと教えてくれた。ついでに熊の事を聞いた。熊の9割は草食らしく、「毎日小屋にくるよ~」と友達のように言っていた。雪渓の周りに咲く柔らかい新芽を食べに来るんだそうだ。でもここ2,3日来てないな、ってなんか用事でも会ったように言っていた。話が盛り上がってきたらおじさんが、この先にすばらしいところがあるよと教えてくれた。それは北寒江山から南西の尾根を30分ほど、三方池方面に下っていくと善六の池があって、そこには原始の景色が広がっているんだそうだ。そしてさらに10分ほど上るとまるで人工的に作ったんじゃないかと思うくらいの美しい笹原が広がっているらしい。へぇすごーい、行きましょうよと沢子は多分本気で行く気になった。良いですねと私も言った。おじさんは緑色の「あそびんぐ」という文字とゴリラの絵が書かれたTシャツとヒモの着いた麦藁帽子をかぶって、文庫分とコーヒーカップをもってベンチに座っていた。大朝日まではたくさんの人がいたのにこのころには全然人もいなくって、その景色の中にいたおじさんは、ハイジの生活のようにとっても優雅に見えた。大朝日小屋ではなくこの小屋に泊れば良かったなと思った。ただこの小屋も、今日明日は50~60人は来るだろうとのことだった。今は3人以外だれも居ないからいいけど、人が大勢いるなら別かも知れない。おじさん曰く、小屋の人気は管理人の人気でもあるらしく、鳥原小屋に泊ったのかと私たちに尋ねて、沢子が鳥原の管理人について言及することすべてに微妙にケチをつけているように思った。その時は笑って過ごしたけど後で2人になったら即行「あのおじさん、鳥原の管理人が嫌いなんだね」、「うん」と話した。その絵になるおじさんと写真を撮った。タイマーが分からなかったから2人ずつ撮った。撮った後におじさんが、「いい事を教えてあげようか」と前置きして、おじさんがエベレストに登ったことがあること、私もカラパタールまで行ったと行ったらガイドしたことがあること、今度K2にチャレンジすることなどを教えてくれた。沢子はすかさず賛辞を述べて気持ちよく別れた。二人になってから「いいこと教えてあげようか」っていったおじさんの心理をいろいろ推測しながら歩いた。
9:40、竜門小屋出発。ここら辺はとにかく暑かった気がする。先に出た二人がいれば原始の湖に誘おうと思ったけど二人はだいぶ遠くにいた。たまに道上で光るクリケンの銀マットでその所在が確認できた。10:50に南寒江山に着いて10分休憩。1時間ちょっとの後には「くやしいけど一番おいしい」と竜門小屋のおじさんのいう狐穴小屋のおいしい水があるから、水をがぶ飲みした。「がぶ飲み」っていう表現がピッタシですねと沢子が言っていた。ここに来た時点で今後を考えて、「原始の湖」に行く事をやめた。寄らないでもうまく行って3時半に以東小屋だったからちょっと遅すぎるかなと思った。沢子も時間を確認したらすっかり行く気が失せたようだった。11:15に寒江山のピークを通過してから北寒江山への登りは20分より長く感じたけどトータルすればだいたいコースタイムどおりだった。この途中で「あそびんぐ」と書いたTシャツを着たおじさんとすれ違った。「小屋に居た2人の相棒?待ちくたびれて昼寝してるよ~」と言って過ぎていった。なぜ分かったのか不思議だったけどこの人はやっぱり狐穴小屋の管理人らしかった。こうやって管理人さんたちは小屋と小屋を渡り歩いて遊びに行ったりするらしい。
小屋の前で手を振る2人が見えて、12:10狐穴小屋に到着した。「小屋で昼寝しているよ」と聞いた二人は小屋の外の日陰にザックをおいて休んでいた。「なんで以東小屋に行っていないの?」と問い詰めるとクリケンが「いやぁもしかしての事態で狐穴泊まりもあるかと思って」って言うから、2時間ちょっと前に確認したのにと思ったらちょっとムカついて「それは無いってさっき確認したじゃん」というと「でも暑かったし具合悪いって言ってたし・・・」と勝手にいろいろ心配した風なのがなんかその時はイラっときた。「なんだよーせっかく心配して待ってたのに」と2人はブツブツ言いながらザックを背負って出発した。たしかに、そのとおり、心配して待っていたのに文句言われるなんてかわいそうだと後で思ったけど。その時は、明日の待ち合わせ時間とか考えた上で決めた事を勝手に振り出しに戻そうとしていると思ったのか、妙にムカついたんだよね。私たちはまた水をゆっくり飲んでトイレに行って30分以上休んでしまった。竜門小屋のおじさんが「一番」という狐穴の水はすごく冷たくて豊富に出ていた。しかしどこの水もおいしくて、正直違いはまったく分からなかった。この時もがぶ飲みした。狐穴小屋は計画段階からすごく泊りたいと思った小屋だった。周りには草原広がっていて「オアシス」だと書いてある。しかし私には竜門小屋の方が開けた稜線上にあってよいと思った。狐穴小屋はちょっと窪んだところにあって竜門よりも暗い感じがしたから。
12:45、狐穴小屋を出発。ここからはずっとまるい熊笹の揺れる尾根をのぼったりくだったりしながら進んでいく。お花もぐっと増えてきて、特にハクサンイチゲとハクサンシャジン(ツリガネニンジンの高山型)がたくさんあった。マツムシソウも濃いのやら薄いのやらたくさんでていた。本当にジリジリと暑かった。この日はクリケンと北尾君の写真を撮ってあげようとカメラを受け取っていて、前に北尾君が取った写真を見たら意外にも花を写していたので、私もこの日は花をなるべく写した。途中オヤマリンドウの花をこじ開けて蜜を吸う蜂を見つけてとてもかわいかった。蜂は私たちにまとわりつくことなく次から次へと閉じている花を開けておしりをふって頭を突っ込んで体ごとぽっと入っては出てきていた。暑い中ホントにたまに涼しい風が吹いて、そのたびに「すずしー」と言っていた。13:40に中先峰を過ぎた池のそばで休憩を10分とった。日陰は今日ずっとどこにも無かった。道は笹原や細い草の草原だったりしてもったいないくらい気持ちが良かった。松虫岩という目印の花崗岩の大きな岩が遠めにも見えて「あそこまでいけたら良いですね」と沢子が言っていた。私は昨日2時間しか寝ていないから、いつ眠くなってしまうかと心配したけど、狐穴でイラっとした以外は特に問題はなかった。また寝てないからと鍋やコンロを北尾君が持ってくれたので共同装備をほとんど持っていなかった上に水は小屋についてから汲めばいいやと思ってたくさんは持ってこなかったから全然きつくなかった。反対に沢子はきつそうだった。だけど、松虫岩手前のザレてすべり易い急斜面なんかもペースを崩すことなくゆっくり上手に登っていて後ろを歩いていてとても登り易かった。14:50にザレ場を登りきったところで10分休憩して、この頃からあたりにガスが出て空が一瞬暗くなったりした。涼しくてすごくありがたかった。ガスの切れ間から小屋が見えて、手を振っている2人が見えた。他の小屋もそうだったけど、周囲に木が無いところに2階建てのシンプルな形の小屋だけがぽつんとあるから、どれも遠くからも良く見えるし、ずっと見える。
達成感いっぱいの以東小屋ぐらし、さいごは流れ星
15:40以東岳頂上着。小屋は近くなのに10分ちゃんと休んで景色を見た。ここから大朝日までの縦走路がかっこいいと聞いていたけど本当だった。この角度から見る大朝日岳はとんがっていて、そこから太くどっしりした尾根が延々とここまで続いているのだ。歩いてきた道を振り返るのはけっこうたのしい。あとで電車の中からとか地図上で見たりしてもたのしいものだ。もちろんこうやって目の前で全部見れるのはすごく気持ちがいい。
16時ごろ以東小屋到着。このころはだいぶガスっていた。外にはテーブルとイスが2セットあって、大朝日小屋とはうってかわってフレンドリーな雰囲気で登山者がいた。クリケンがお茶を沸かしてくれていた。クリケンは最近ずっと顔を見るたびに「ココアあるよ」となぜかココアや食べ物をすごく勧めてきてちょっと面倒に思っていた私は「いいや、ありがと。沢子のカフェオレ飲むから大丈夫」と何かとそれを受け取りたくないかんじがしていた。でも沢子がもらったココアを分けてもらったすごくおいしかった。
小屋では2階が割り当てられていた。ゴザがプラスチックじゃなくてイグサのゴザなのが良いと誰かが言っていた。こじんまりとしていてすごくくつろげるとみんな口々に言っていた。どうやら昨日の大朝日小屋ではみんなストレスを感じていたらしい。たぶん周りの目みたいなものを厳しく感じたんだろう。私も「怒られないように」って何度も思ったし。
窓が開いていたけど「ガスが入るから」と先に居たおじさんが窓を閉めた。その頃は真っ白だった。週間天気予報ではあさってから雨だったからもう天気が崩れ始めるのかなと思った。それくらい、ここ3日天気がずっと良かったから。
北尾君が碧玉水の水場に行って水を汲んできてくれると言ってくれた。私もすでに足の裏が痛かったしちょっと座ると足腰がおかしくなってたから本当にありがたかった。今回の旅行では本当に北尾君は良く働く。食料とお酒を全部運び、食料が減ったらゴミを持ってくれる。まぁそれはちょっと嫌がったけど。水をたくさん運び沢子のザックを持ってくれたりと。北尾君がシェルパなら、沢子は小屋でせっせと料理を作ったり片づけをしてクリケンは運転をする。今思えばみんな役割分担があるんだなぁ。
碧玉水は北尾君曰く雪渓の水らしかった。すごく遠かったみたい。北尾君は体を拭きたくて、それで水場へ行ったらしい。「いや~体拭くと全然違うね!」と新発見したように沢子に言っていた。大学のときに「リンスつけるとこんなに髪が柔らかくなるんだね!」って驚いていたのを思い出した。
今日はレトルトカレーを温めるだけの晩御飯だ。20円の駄菓子のカツをなんとなく買ってみたからナイフで一口大にカットして乗せたけど味が濃くてじゃまだった。とろけるチーズは合ったけどご飯に埋もれてしまった。上に乗せればよかったと指摘を受けた。各自のお皿に盛って外のテーブルで食べようと誰かが言うのでガスの中へ出て行った。風が強いからと途中でカッパを取りに行ったりしながら風に吹かれながら食べた。何をしに来たのかわからないと誰かが言った。クリケンがさっきも借りた風除けを、また借りに行った。
クリケンがまたお茶を振舞ってくれたあと、寒いから部屋に戻った。
2階で一緒に過ごした5人組のグループは明るいにぎやかな雰囲気で話し易く「ふつうはこういう感じだよね」ってみんなが言っていた。昨日の気遣いは山ではなかなか無いことだった。「(知らないだけで)山小屋ならよくあることなのかな」また誰かが言った。
食事の後はトランプの大貧民をした。沢子は初めてらしくルール説明を受けながらだったが強かったみたい。私は途中トイレに抜けたときに外に居た管理人さんたちと話をした。管理人さんは穏やかですごくしゃべり易い女性だった。山の中に居ることが好きでしょっちゅうこの山に来ては管理人さんとしゃべったりしているらしく、その関係でかピンチヒッターで明日まで代わりの管理人をしているとのことだった。どおりで威張るところもなく気軽に知っている事をいろいろ話してくれてすごく良い人だなとおもった。明日帰ることが名残惜しいと言っていた。外にはにぎやかなチームのうち2人がいて星を見ていた。女性の方は私たちが昨日シュラフを持ち出して外で星を見ていたのを知っていたらしく「今日もやるんですか?」と聞いてきた。管理人さんによると、ガスがすごく早く流れていたが、1時ごろ星が良く見えると言っていた。北に見える灯りが鶴岡の灯りだとかも教えてくれた。今日は良く見える日らしかったが、普段でも晴れていれば10分に2つくらい流れ星が見えると言っていた。私は出来れば1時に見たいなと思ったけど目覚ましをつけようとは思わなかった。1階に鍋をぐつぐつ煮込んでいたイケメンのグループが居て、自分たちは3時に起きて準備をしたいが問題ないかと管理人さんに断っていた。よく考えれば私たちも今日の朝、静かに起きればよかったんだ。次の日、空荷で以東岳の頂上に行って日の出を見るとか準備をすべて済ませて頂上で見るとかを提案したけど「日の出は何回も見たから別にいい」と言われ私もそんな気がして普通の4時おきになった。昨日2時間しか寝ていないから本当に眠かった。今度は鼻スプレーをしっかり分かるように置いて即効眠った。
深夜、近くの男性がヘッドランプをつけた。私も目が覚めて時間を見てみると1時20分頃だった。メガネを掛けて窓の外を見てみると星がたくさん見えた。これはすごいんじゃないかと思ってメガネを外してコンタクトをはめた。改めて見てみるとすごくたくさんの星が見えた。これは外に出てちゃんと見ようという気になって、沢子を起こした。北尾君もクリケンも起こしたけど北尾君は一目みてすごいねぇと言って眠った。もったいないと思ったけど放っておいた。さっきトイレに起きて星を見たクリケンは「こぐま座が見えたよ」と普通の声でしゃべって北尾君にすら「声がでかい」と注意をされていた。北尾君によるとクリケンはこそこそ話しが出来ないらしく、早朝のクリケンのしゃべり声はその後何回も話題に上った。
私と沢子は防寒着とカッパを着て、シュラフとマットを持って外に出た。外にはにぎやかなグループの1人が寝ていた。「小屋の中より外の方がよっぽど気持ちよく眠れる」と言っていた人だった。ちょっと離れたところにマットを敷いてシュラフに入った。今回初めて使ったエアマットは背中に冷たさや石のごつごつを感じさせないですごく良かった。星は、真上だけじゃなくて180度全体に広がっていた。またたいていないで、静止していた。ガスはもうなく快晴だった。以東岳の形も黒々とはっきり見えた。真上にはカシオペア座と天の川が見えて、北東の方向に星の固まりも見えた。あとは何だか分からなかったけどとにかくいっぱいの星があった。30分くらい外に居た間に流れ星を20個くらいは見た。そのなかでひときわ太い光を残す大きなものがあった。その筋はしばらく空から消えなくて、沢子と驚いた。さっきの女性も起こしてあげたいと思った。私はちょうど去年の夏免許を取ったくらいからきれいな星空を見たいなと思っていて、うまい具合に見れなかったから本当に良かった。下山後、沢子のメールにペルセウス流星群だったとあった。言われてみれば流れ星が多いはずだと思った。寒くなったので戻って1時間ほど寝た。