小下沢から景信山登山と小下沢梅林
2013年、初の登山は景信山になった。
去年から今まで、冬の間はほとんど家に閉じこもっていた。寒いのが嫌いだというのもあるし、自宅で仕事をしているというのもある。そして冬用のシャレた外に着て行けるような服の持ち合わせもなく、それを買いに行くために着て行くシャレた服もなかった。髪の毛は伸び続け、美容院に行こうにもやっぱりシャレた服がない。そう言う訳で冬の間は外に出られない悪循環から逃れることが出来ず、家で仕事をし、音楽を聴きテレビを見、本を読んで暮らしていた。寒い間は外に出ないことに決めた。買い物は楽天だ。
年が明け3月になり温かくなると、このままじゃいけないと思い、僕は登山靴を履いてウォーキングをし始めた。音楽や英語をリスニングしながらテクテクと近所を散歩した。春の日差しは温かく心地よく、汗をかくことがとても気持ち良いと感じた。そして登山靴が足首を締め付ける感じが妙に心地良かった。
そんな気持ちをテラオに告げると、テラオは山に行こうと言った。でも僕には、まだそれは早いと思った。最近ウォーキングをちょこちょこしているだけで、ほとんど体を動かしていない。それよりも何よりも、数ヶ月引きこもっていたせいで電車に乗ってどこかへ行くという行為がとても億劫に感じた。フィジカルよりも、メンタル的にきつかった。
けれど自分1人の力で行動をしようと思うと、山登りなんて夏までしないんじゃないだろうか。そう思い、微妙なテンションだったけれど、テラオと山に行く約束をした。ここで無理にでも山に行っとけば、少しは体が軽くなるんじゃないかと期待した。
小下沢から景信山へ
3月6日水曜日。中央線から見える白くて大きな富士山は素敵だった。しかしそんな富士の姿に心が踊りながらも僕のテンションはイマイチだった。地下鉄東西線の車内で疲れきった顔の人達としばらく過ごしたせいで、僕の気分も滅入ってしまっていた。山登りは好きだけれどなにしろ山までが遠い。電車にしろ車にしろ、山までの往復で参ってしまう。やっぱり出てこなきゃ良かったななんて事も思った。
11時に高尾駅の北口でテラオと合流し、コンビニで軽食を買うとテラオの車で目的地に向かった。今日の登山は景信山。なぜ景信山を選んだかと言うと、一番は体力的な問題だった。今の僕の状態だと景信山の様な奥高尾の山々くらいが適切だろう。それに人がたくさんいる山だから、僕が死にかけてもなんとかなるかも知れない。それとテラオは高尾山、城山、陣馬山は登っているけれど、その間の景信山だけは登っていなかった。なのでちょうどよいだろうと思った。
車は日影沢林道の入り口に停めた。城山を登る時や、高尾山を「いろはの森コース」で登る時に使われる駐車場だ。
景信山に登るだけなら小仏峠の近くにも駐車場があり、それが一番便利。けれどそれじゃああまりにも色気のない登山コースになってしまうし、本当に登って下りるだけになってしまう。なので小下沢から景信山に登り、小仏川に下山して返ってくるという周遊コースを考えた。林道歩きが多くなるけれど今の僕にはちょうどいい。体が温まった頃、1時間ばかし山を登る。怪我もなく疲れ過ぎもせずちょうど良さそうなコースだと思った。
11:30分、さて出発。中央線の高架をくぐり小下沢に向け歩いた。
するとすぐに看板が出てきて、どうやらここには小下沢梅林と言う名の梅の観光地があるようだった。どうりでこんな所にカメラを持った人が歩いているわけだ。
考えてみれば梅の花が咲く季節。さてどんなもんかなと梅林を見てみる。しかし残念ながら全体の2本くらいしか梅は咲いていない。まあ梅を見に来たわけじゃないからしょうがないんだけれど、もしここが梅で満開なら、それはそれはとても見応えがあるに違いない。そして駐車場もある。僕らもここに車を停める事もできたなと思った。
小下沢梅林を過ぎると、そこからはひたすら小下沢の林道を歩いた。本当に天気が良過ぎて気持ち良くて、幸せな気分になる。風も吹いていないし中央道の騒音も木々が吸収してもう聴こえない。テラオ以外の誰もいない。沢の音と登山靴が地面を踏む音が聴こえるだけだ。林道だけれど、地面も固くなくて気持ちがいい。来て良かったなあと心から思った。幸せな気分だ。
小下沢の林道を歩き始めてから30分くらい経った頃、景信山の登山道の入り口に到着した。そこは団体スポーツでもできそうなくらい開けた場所で、ここにテントを張ってフリスビーでもして、そのあとは寝転んで夜は焚き火をして、なんて事を考えさせられてしまう様な、日当たりも良くて素敵な場所だった。僕らは軽くここで休憩をとった。
小下沢にかかった丸太の橋を越えると本格的な登山道は始まる。標高720メートルの景信山の山頂まで400メートルほど登る事になる。距離は2キロくらいだから1時間程度で登れるだろうとは思うけど、果たして今の僕に登り切る事ができるだろうか。まあ景信山の山頂には問題なくたどり着けると思う。けど、問題は下りだ。登りで筋肉を使いきってしまうと下りではもたないかも知れない。
沢に沿ってゆっくりと登る。ここは景信山の東尾根と北の尾根との間にある沢。日に向かって登っているので顔が熱い。
空気は春だけれど、山はまだまだ冬の色。枯れた寂しい色をしている。
踏み出す足が気持ちいい。登山道に敷き詰められた枯れ葉が優しいクッションとなる。やっぱり山歩きは楽しい。来て良かった。テラオに感謝。
沢からはずれ北の尾根を登り始めると道は急勾配に変わった。そんな急勾配を焦らずに登る。自分はどんな山の登り方をしていただろうか、と思い出しながら。
そして登れば登るほど、辺りはどんどん静かになり、しまいには耳鳴りがするほどの無音になった。風の音も鳥の声もしない。自分が呼吸をする音と、登山靴のアウトソールが硬い岩を踏んでゴツッとする音が聴こえるくらいだ。静かで幸せな気分になる。素敵な登山道だ。
東に「杉沢ノ頭」なんかの山々が見え始めると急勾配は終わり、登山道は優しいトラバース道に変わった。そしてその道は景信山の東尾根にぶつかる。高尾らしい大きな尾根だ。
その東尾根を25分ほど西に登り、そして僕らは景信山の山頂に到着した。小下沢の分岐からちょうど1時間で予定通りだ。
景信山の山頂と下山
景信山の山頂も、それまでの登山道と同じで静かで平和だった。空は霞んでいるけれど雲一つなく風もなかった。2つある茶屋も営業しておらず、辺りで寛ぐ登山者も10人に満たないくらい。ところ狭しと並べられた無人のテーブルに不思議な気がした。僕らはここで軽食を食べ休憩をした。
富士山は目を凝らすと頂上部分が見えた。丹沢はぎりぎり山々の輪郭がわかるくらい、蛭ヶ岳と大室山なんかを確認できた。相模湖も見える。東側からは東京の町並みがぼんやりと見えた。
奥高尾の山にはいくつか登ったけれど、眺望の良さで言えば景信山は好きな方だ。大きな山頂で、幅広く見渡せるのがいい。街を眺めようか、山を眺めようかと気分によって変えられる。そしてそれらを眺めるためのテーブルの配置が良い。
高尾山、城山、景信山、陣馬山と登りそれぞれ魅力がある山だけれど、眺望の良さは景信山が一番かも知れない。
さて下山。登って来た時と同じ様に、水洗トイレが設置されている方に下る。10分ほど下ると小下沢と小仏バス停との分岐にあたり、小仏バス停への道をとる。
ここに来たあたりで僕の太ももはすでにプルプルと震えていた。懸念していた事だけれど、どうやら登りでかなりの筋肉を使ってしまったようだった。体力的にはかなり余裕を感じていたけれど、筋肉はびっくりしているようだった。
でも短いコースを選んで正解だった。これ以上下りが長かったら、例えば1時間30下り続けるとかだったら、かなり危うい登山になったに違いない。登山シーズンのはじめで、ピンチになった経験は何度もある。
そこからは一目散に登山道を下った。太もものプルプルに耐え切れず、ただただ平地に辿り着きたいという思いしかなく、山歩きを楽しむ気持ちは全くなかった。太ももが効かなくなる下山は悲惨なものだ。これが続くと膝が痛み出す。べたべたした嫌な汗を顔にかきながら、黙々と登山道を下った。
それと、下山を楽しめなかったのは僕が選んだ「小仏バス停」への登山道が良くない事もある。中央道に向かって下るこの道は、進めば進むほど車の騒音がひどくなり、とても登山を楽しめる感じではない。遭難した時なんかはすごくわかりやすいんだけれど。
もう一本西の、「ヤゴ沢」を下る道を選んでいればここまでうるさい事はなかったんじゃないだろうか。
と言うわけで僕らは30分もかからずに下山し、そこからは県道516号ををてくてくと歩いて日影沢林道に向かって帰った。地面は固くて歩きづらいけれど、電車が通ったりギャラリー的なものがあったり、歩いていてなかなか楽しい道だ。
そして15時30分に駐車場に到着した。年明け一発目の登山は無事に終了だ。たった4時間行動しただけの短い登山だったけれど、僕らにはちょうど良かったね、という話しをテラオとした。
そして僕は、本当に今日登山に来て良かったと思った。天気は最高で気持ちが良かったし、下山後もまだまだ登りたい気持ちでいっぱいだった。これでどうやら僕の長い冬眠も終わりそうだ。さて、今年はどんな山に登ろうか。