DAY13:ロブチェの風景とストーブの時間
2014年10月21日。
6時過ぎに起きる。寒くて寝袋からでたくない。日本の冬と変わらない。
ロッジのベッドは高床式ではあったけれど、それでも地面からの冷気をダイレクトに背中で受けている気がした。ごく薄い銀マットやシートがあればもう少し快適に過ごせるのではないだろうか。時計の温度計を見ると1.9度しかなかった。
顔を洗うために外にでると水回りは凍っていた。トイレに入るとタルの水までも凍っていた。さすがに凍った水で尻を洗うのはきびしいので、この時ばかりはトイレットペーパーを使った。
風邪はだいぶよくなった。喉が痛くなる → 喉の痛い部分があちこちに移動する → 乾いた咳が出る → タンがでる。という風邪における全てのプロセスを経た様に思う。お腹はもう完全になおった。
アイランドピークの情報
ロブチェへ向け進む。後ろにアマダブラム、前方にはロブチェ。左手にも大きな山があるが、地図を見ても名前がよくわからない。気がつけば、とっくのとうに森林限界を越えていたようで風景はさみしい。ハイマツの様な背が低く根の強そうな植物が、地面にポツポツとへばりついていた。
どこを歩いてもいい様なだだっぴろい寂しい景色の中、風の音を聴きながら歩いた。昼ころから現れる、高い山のピークにできる煙の様な雲が今朝はすでにできていた。風が強い。
歩いていても寒い。ナムチェで買ったメリノウールの肌着の上からフリースを着ているけれど、それでも寒い。それと、2,3日前から僕らはかなりのスローペースで距離も歩いていないけれど、それでも疲労が多い。標高のせいだろうか。
トゥクラのレストランでは日本人の女性、マッキーさんに出会った。寒くてテンションの低い僕に比べ、彼女はすごく元気でハツラツとしていた。こんな山奥で日本人の僕に会えたことを喜んでくれた。
彼女はこれからガイドと共にロブチェイーストを登りに行くようで、大きなザックやヘルメットなど本格的な冬山装備だった。また彼女はアイランドピークを登ってきたらしく、僕が興味を示すと料金のことやガイド、利用すべきロッジの情報などを紙に書いてまでしてくれた。「安くしてあげてね」と傍らのガイドにもお願いしてくれた。
装備があれば2万円、なければレンタルして3万円程度でアイランドピークは登れるらしい。金をもっともってくるべきだった、と強く思った。ジョンとウォーリーと別れアイランドピークに向かいたいとも思った。けれどこれ以上寒いところへは行きたくないとも思った。
マッキーさんはミーシャの様な、細かい三つ編みを編んだ髪型の、ステキな人だった。
ロブチェへの寂しい風景
トゥクラのロッジから峠、「トゥクラパス」までの道のりは急登だ。4600メートルからのこの急登はいささかしんどく、風が強く寒い。僕はすでにダウンを着ているし、みながみな覆面強盗みたいな姿で登っている。ゲーターやバフを持ってきてよかったと思った。
トゥクラパスを過ぎると景色は雪世界になった。けれど道は雪が溶け乾いており僕のトレランシューズでも問題なく歩けた。そしていよいよ景色は荒れてきた。大きな2つのピークが現れた。
「クンブグレーシャー」。氷河に沿って歩いているが、何が何だかわからなかった。この景色をどう言葉にして良いのかわからない。
我々は死に向かって歩いているのだな、とおおげさだけれど思った。一歩ずつ一歩ずつ、人が住んでは行けない世界へと向かっている。シバラヤの平和で牧歌的で穏やかな土地を懐かしく思った。何より温かかった。
そしてロブチェに辿り着いた。トゥクラパスからロブチェまでの道は平坦で歩きやすかったけれど、やたら長く感じた。
ロブチェのロッジ。ここまで来るとさすがにロッジの外観はみすぼらしくなったが、想像よりもその数が多かった。そして今夜も一人部屋なので嬉しい。
ジョンとウォーリーが散歩に行こうよと誘ったが、僕は寒かったので断った。なので僕はレストランのストーブを囲む輪の中に入り、日記を書いている。
現在ストーブを囲み暖をとっているのはネパール人5人(ポーター、ガイド、ロッジのスタッフ)とヨーロピアン2人。雰囲気はいい感じ。やることなんてなにもないのだ。ここ以外では部屋の中で毛布と寝袋にくるまるしかない。
そして次々と、我々の椅子と椅子の間に椅子が差し込まれ、ストーブの輪は大きくなった。人数は10人だ。
ジョンとウォーリーについて
赤毛のジョン。お互いのことを話し合ったことはないけれど、ジョンは計画が好きな人だ。地形図が好きで、毎晩しっかりと本を読み翌日の行程を予習し、みなにそれを教えてくれる。”理論”といものが好きな様にも思える。そして大量の、様々な薬を持っている。計画を練り必要な薬をカトマンズで買い求め山に持ち込んでいる。むしろ持ち込み過ぎじゃないかと思うくらいだ。しかし僕は風邪薬を彼からもらい助かっている。ビタミン剤もありがたいし、毎日の飲み水は彼の浄水フィルターのおかげだ。
こう書いてしまうとなんだか堅苦しい感じだけれど、実際はいつでも冗談を言うフランクで話しやすいキャラクターだ。
ウォーリーはリーダー格だろう。ジョンはいつもウォーリーに合わせている気がするし、ウォーリーをたてている。ウォーリーのリーダーとしてのタイプは、ぐいぐいひっぱる感じではなく、存在感があるので人がいれば自然と中心人物になると言った感じ。良く言えばカリスマ性があるということだろうか、人を惹きつける魅力がある。彼の心のなかには様々な感情がある様に思うことが多いが、表情からはそれを読み取れず、何を考えているのかわからないところもある。それも魅力のひとつかもしれない。簡単なネパール語を覚え、ネパール人とコミュにケーションをとってくれるので、彼のおかげでネパール人との会話が楽しめている。
ストーブを囲む時間
標高が高くなるとロバやウマはいなくなりヤクがそれに代わる。犬はなぜかたまにいて、荒野をチーターの様に駆け抜けている。
ネパール人の顔はさらに黒くなり、さすがにサンダル履きはいなくなる。ほとんどの人がコピーのアウトドアウェアを着ている。そしてガイドもシェルパも携帯で音楽を聴きながら歩いている。音楽は彼らの一つの大きな楽しみなのだ。
ロッジのスタッフが客に座布団を配ったり、寝ている人に枕を与えたり、さりげなく周囲を気遣いつつ働いている。また彼らはおしゃれに気を使っている気がする。特にスニーカーは重要なおしゃれアイテムかも知れない。みな綺麗で特徴的なスニーカーを選んでいる気がする。フットサル用のスパイクシューズを履いている人もいるけれど、おしゃれであればそれでいいのかもしれない。(雪の上ではフットサル用の靴が実は歩きやすいのかもしれないけれど。)
ジョンとウォーリーが散歩から帰り輪の中に参加すると、ストーブの輪はさらに巨大になった。
みな静かに暖をとっている。ある人は小さな声で会話をしている。また本を読む人もいる。けれど大多数の人が何をするでもなくぼーっとしている。静寂。
世界中の人がエベレストを見にここに集まっている。そしてただただ寒いからストーブを囲んでいる。なんだろうか。とても不思議な光景だと思う。不思議に、妙に僕らには連帯感がある気がする。どんな連帯感だろうか。過酷な地でお互いを助け合う感じだろうか。
そんな静寂に耐えられなくなったので、僕から、ジョンとウォーリーから教わったジェスチャーゲームを始めた。ジェスチャーゲームは静かな場所でも、お互いに距離があってもできるのがいい。
ジェスチャーゲーム。ジェスチャーゲームには名前があったが忘れた。ルールは決まっていて、映画、小説、ミュージシャン、曲、テレビ番組などのタイトルをジェスチャーし、それをみなが答えるのだ。面白いゲームでヒマつぶしと英語の勉強にはもってこいだ。
僕はこの旅でこのゲームを初めて知ったが、どうやらヨーロピアンはこのゲームが好きな様だ。周りで見ている人達も進んでジェスチャーをしたがった。
でもひねりのない問題だとウォーリーがクールに瞬間的に答えてしまう。
みんなジェスチャーを楽しんでるんだよ、もっとジェスチャーさせてやれよウォーリー、と思った。