DAY16:山を下りるかゴーキョに行くか。ウォーリーキレる 2
2014年10月24日
朝、ロッジのレストランでジョンとウォーリーと「話し合い」をすることになった。我々の今後の予定についてだ。僕は昨日の晩、「ゴーキョには行かずに下りようと考えている」と彼らに告げていた。すると「じゃあ明日の朝話しあおう」とウォーリーが言ったのだ。
そう言うわけで朝、僕とジョンとウォーリーの3人はロッジのレストランに集まった。僕はパッキングし終わったザックを担ぎ出発の装備に身を固めていたが、彼らにその様子はない。
「話し合い」の内容は、下りるか、もしくは1日レストしてチョラパスを越えゴーキョに向うか、という事の様に僕は考えていた。僕は上でも書いた様に「下りたい方」だった。なのでチェックアウトの時間も考え荷物をまとめていた。少なからず、話し合いの結果がどうなるにせよ荷物はまとめておくのが正解だと考えた。それは当然のことの様に思えた。
でも彼らはそうではなかった。彼らが荷物をまとめていないということは、ここで一日レストをしてゴーキョーに行く、という考えが決まっていたからだろう。なので話し合いも何もない様に思えた。僕は山を下り、彼らはゴーキョに行く。それでいいじゃないかと思った。
しかし振り返ってみると一昨日の夜、「もう満足したから下りてもいい」的なことを彼らは言っていた気がするが、あれは聞き間違いだっただろうか。英語なのでそれはあるかもしれない。
ウォーリーキレる 2
まあそんなことより、いきないウォーリーが怒っている。めっちゃキレている。
昨晩「話し合いを明日の朝にしよう」とめでたく別れたはずで、僕が9時チェックアウトのために荷物を(とりあえずは)まとめているのも当然のことで、僕は楽しく話し合って「僕は僕の道をゆく、またどこかで会おう、チャオ!」くらいの気持ちでいたのだけれど、どうやら何かが違った様だ。僕のザック姿をみるやいなや、ウォーリーはめっちゃ怒った。
彼はとにかく怒っていた。英語がいつもよりもずいぶん速く、何を言っているのか部分部分しかわからないし、というよりもなぜ怒っているのかすらわからなかった。とりあえずわかったことは、僕が怒られているという事実だけだった。彼の目は通常より20%は大きくなり僕を威嚇していたし、言葉は強く荒く、声は大きく、机の上を叩いていたんじゃないかと思うくらい怒っていた。
僕は必死に彼の言うことを理解しようと頭を回転させた。朝っぱらからだ。そして昨日の朝と同じ様に、僕の脳内の目は鳥となり、レストラン全体を上から見渡していた。白人にめっちゃ怒られるアジア人というのは惨めなものだった。 ペリーに迫られる幕府の人間みたいだった。
ウォーリーがトイレに行ったすきに、ジョンに助け舟を出してもらおうと思い「ウォーリーは何を怒っているんだ?」と聞いた。すると彼は「ワレ関セズ」みたいな感じで「これは君とウォーリーの問題だ」とひどくクールに言った。
コイツは・・・と思った。ジョンは昨日も一昨日もこうだ。この3日間、毎朝こんな感じで僕とウォーリーはモメているが、こんな状況になると彼はかならずウォーリーの側につくのだ。僕の希望としては、まあまあまあ、とお互いの意見を聞き、折衷案を出すというか、その場をコントロールするというか、そう言う役割であって欲しいのだけれどそうではない。
常にウォーリーの意見を尊重する。なので一昨日の朝なんかは、ジョンが豹変した!と驚いたくらいだった。子供の頃にいた様な、一対一で話しているとすごくいいやつなのに、いじめっこ側や権力のある側につくとやたら冷たくなる奴に見えて仕方がなかった。
そしてジョンは「ウォーリーは自分の気持ちを告げたのだから、今度はYOUが答えなければならない」と言う様なことを言った。そして、「ユアターンだ」と言った。
「マイターン」どういうことだろう。とにかく僕は何かを言わなくてはならないのかも知れない。
そして頭をフル回転して考えると、この場の現象を理解することができた。
マイターン。ウォーリーからの3つの問い
ウォーリーが僕の何に対し怒り何を言っていたのかほぼ理解はできなかったけれど、今僕がやらなければならないのは、彼が提示した「3つの問い」に対して回答をしなければならないということだった。この3つを答えない限りこの「怒られている」という状況は延々と続きそうに思えた。またどうやら「フレンドリーシップ」で「リスペクト」なら、それらを答えなければならないらしい。
その3つの問いとは?
- この3日間、YOUは俺のことを見ておらずジョンとばかり話していた。それはどういうことか?
- 昨日の朝、なぜYOUは「悲しい」と言ったのか?
- カラパタールの頂上で、YOUは俺が呼んだにも関わらずそそくさと下りた。それはどういうことか?
こんな感じの3つの問いだった。
正直、めんどくさい。知らないよ、と思った。ウォーリーが言っていた「話し合い」って、我々の予定を決めるためのものじゃなかったのか。関係のないことじゃないか。
というか何なのだろうこのルールは。なぜ僕のターンになっているんだ。例えばこれがゲームだとしたら、勝手にウォーリーがゲームをはじめて強制的に僕のターンになっているようなものだ。ずるいじゃないか。パスはできないのだろうか。これが欧米的な物事の解決方法なのだろうか。日本的な「空気を読んでなんとなく時間で解決」というのではだめだろうか。
そうは思っても、僕が回答しないと「フレンドリーシップでもリスペクトでもない」と言われると僕は答えざるをえない。少なくとも僕は彼に対し、フレンドリーシップでリスペクトだと思っているのだ。
なのでひとつひとつ、つたない英語で説明した。
問1に対しては「そんなことはない、確かにジョンと多く会話をしていたかも知れないが、君とも話していた。それと君らのキャラクターの違いだ。ジョンとはくだらないジョークや笑い話をしやすいが、君と話す内容は違う。例えば景色の事とかアート的なこと、哲学的なことや詩的なこと、そういうシリアスな話しをする」と僕は答えた。
そして「君のことはとてもリスペクトしている。毎日感謝している。君らのおかげで僕は楽しい旅ができている。日記にもそうやって毎日書いているんだ」と、軽いウソも付け加えておいた。
問2に対しては「昨日の僕は体調が悪かったので朝はゆっくりと食事をし、完全に日が昇り暖かくなってから出発したかった。でも君らは食事をせずに出発しようとした。例えば僕が君だったら、僕は調子の悪い人のことを考えて行動するだろう。僕は、君らが僕のことを何も考えていないじゃないか、と思った。だから悲しいと言ったのだ。」と答えた。
問3に対しては「ハラが痛かったかたんだ」とシンプルにウソをついた。実際は彼らと寒さに嫌気がさしていたからカラパタールからすぐ下りたのだけれど、とにかくこの問答をいち早く終わらせたかったので適当なことを答えた。
こうやって僕はウソをつきながらも、ウォーリーの力強い目を見ながら必死の英語で伝えた。自分の考えていることをうまく伝えられなかったり表現できなかったり、そのもどかしさや情けなさで泣きそうだった。
するとウォーリーが話しはじめた。「俺らは高い標高のせいでおかしくなって、こんなささいなことでもめているだけなんだ。こんなのは小さなことなんだよ。よし、これからは全部忘れよう、解決だ。なあフレンド。」
そして彼は僕に右手を差し出し、僕らは握手をした。続けて彼は右手のコブシを突き出した。僕もつられて自分の右手のコブシを突き出し、彼のコブシにごっつんこした。YES。そして僕らの話し合いは無事、平和的に、民主主義的に解決された・・・。
「んなわけないじゃん!」と僕は心の中でウォーリーに突っ込んでいた。解決しないよ絶対!。こんなことできれいにさっぱりと忘れられるとは思えないんだけど。
というか、僕は昨日のことも一昨日のことも、ウォーリーが僕に問うた全てのことはもうどうでも良かったし、解決済みだと思っていたよ。我々の間にわだかまりなんて無いと思っていたし、カラパタールをさっさと下りたことだって、「ハラが痛かった」と既に昨日、万が一の事を考え予めジョンに嘘をついているのだ。一芝居売っておいたのだ。それはウォーリーに伝わっているはずなのだ。
そのうえ僕を「標高のせいでおかしくなっている」グループに入れやがって。俺はちがうぜ!とせめてそこだけは否定させてもらいたかった。
でもウォーリーにしてみれば、これらの感情的なことが原因で僕が下りると思っているのかも知れない。だからそれを解決しようとこの様な場を作ってくれたのかも知れない。だからこそこんなにも熱く気持ちを伝えてくれたのかも知れない。そう考えると本当にありがたいなと思う。
けれど違う。彼らに何度か伝えている様に、僕は単純に寒いから下りたいだけなんだ。暖かくてハッピーなところにいって、冷たい山の水で頭を洗い、洗濯物を真っ青な空に向かって干す様な、そんな健康的な生活をしたいだけなんだ。ただそれだけなんだ。
なので僕が下りる理由にウォーリーは何も関わっていないし、むしろ、日記に毎日書いているわけではないけど、本当に二人には感謝していた。彼らがいなければ僕の旅は目も当てられないくらい退屈で孤独でただ寒いだけのものになっていただろう。こうやって毎日楽しく旅が続けられたのもほとんどが彼らのおかげだ。それは本当に感じていた。
でもこの話し合いをきっかけに、もうめんどくせえな、と思ってしまった。
友達とはどんなものだろうか。僕は友達が少ないので良くわからない。それに大体の揉め事は時間に解決してもらう。空気を読み、想像して考えて解決する。そういうことになっている。
欧米人はこうやって話し合いの場を作り問題を解決するのだろうか。それで解決できるのであれば欧米人はすごいな、と感心してしまう。ぶつぶつと時間をかけて色々な思いを貯めこむよりも、一発で問題を解決してスッキリできるのだとしたら、それは素晴らしいことかも知れない。
僕の母親にも教えてあげたい。僕が母親と口げんかをすると、彼女はその後、最低でも3日間は口をきかなくなるし部屋に篭もる様になる。最低でも3日で、1周間以上口を聞かないこともざらにある。その都度僕は、なんでこんな面倒なことをしてしまったのだろうと後悔するのだけれど、この「話し合いで解決システム」を導入すれば簡単に片がつくかも知れない。
ウォーリーは熱くて素敵な男だ。普通、どうでもいい人間にここまで熱く怒れないだろう。友達だからこそ怒ってくれるのだろう。そう思うと嬉しくなった。
しかし、僕はと言えば「日記のネタにおもしろいな。ここが一番おもしろくなるな」と怒られながら考えている悪い男だったし、彼らと共にゴーキョーに行くかそれとも一人で下るか、日記としてはどちらが面白くなるだろうか、と考える様な男だった。ウォーリーのストレートな熱さを思うと「僕はなんて冷たいやつなんだ」と自分の性格を心配せずにいられなかった。
友達とは何だろうか。
チームとは何だろうか。
さてどうしようか。とりあえず今日はここで一日ゆっくりと考えるとしよう。それから、ゴーキョに行くか、または一人で下りるかの答えをだそう。
そしてまずは、ロッジのスタッフに返した部屋の鍵をもう一度もらい、再度チェックインしよう。