雲取山登山日記。ヨモギ尾根で雲取山を目指すも迷い奥後山でビバーク。
2012年の5月22日と23日、新緑の季節。僕と小野Pは奥多摩、奥秩父は雲取山に登る。コースは奥多摩駅からバスで鴨沢西へ。そこから奥後山林道を歩きヨモギ尾根に入る。そしてヨモギ尾根を進み奥多摩小屋でテント泊。これが初日で、二日目は雲取山をピストンして登り尾根で下山。体力があれば石尾根を奥多摩駅へ、という予定にした。
ヨモギ尾根は山と高原地図によると点線のバリエーションルート。迷いやすいようだ。しかしなぜ今回このコースを選んだかと言うと、小野Pがバリエーションルートが好きだから。登山経験2回の彼だが、その2回とも彼はバリエーションを歩いている。しかもほとんど道が無いようなところをだ。冒険的要素が強い登山が好きらしい。それは僕も一緒だ。そして僕にとっては雲取山は2回目になる。前回は登り尾根を利用したので、今回は別の登山道を歩きたかった。と言うことでバリエーションのヨモギ尾根を選んだ。
そして、案の定迷って、大冒険の登山となった。
後山林道
5月22日、僕と小野Pは雲取山に登るべく奥多摩駅で待ち合わせ。奥多摩駅は僕の住む江戸川区からは2時間半の距離。東京の右端から左端まで移動。そうそう、ちなみに雲取山は東京都の最西端の山だ。すごく遠い。
青梅線の車内。ふと読んでいた本から顔を上げると、外はものすごい景色。山々の急峻な尾根が渓谷へ向かって吸い込まれる様に落ち、迫力のある立体的な景色を作っている。人が来るのを拒む様に、山は幾重にも続き終わりが見えない。山が深い。怖いとすら思う。そう、ここら辺りから西の小川山までは大山脈。奥秩父だ。雲取山から2000メートル以上の山々が連なっている。
奥多摩駅に到着。奥多摩駅に対し賑やかなイメージを持っていたけれど、平日の早朝のせいかひどく閑散としていた。まるで、ここ数年悪い事件が立て続けに起きている村に来た様な気分だ。風に吹かれて舞う新聞紙だかチラシだかが見える気がする。空を分厚く覆った雲のせいかもしれない。
そんな事を考えていると、青梅線に乗っている小野Pからメールが来た。「山が深くてテンションあがってきたー、つーかこえー」。やっぱりそう思うよね。僕もそのメールを見てテンションあがってきたー。
小野Pと合流し、2番バス乗り場から「鴨沢西」行きのバスに乗った。奥多摩湖を右手に見下ろしながら、バスは奥多摩湖沿いを西に進む。
バスの車内では装備の事や見える景色についてなんかを話した。それにしても小野Pのテンションが高い。景色を見るだけでこんなにテンションが上がる人は、小学生以外にいないんじゃないだろうか。窓に顔を近づけて「すげー」って言ってる子供の様に。実際に小野Pも同じ事をしている。目がキラキラとしている。少年だ。
奥多摩湖はいつのまにか川になり、そしてバスは鴨沢西に到着した。35分、料金は700円くらい。
バス停からはてくてくと車道を20分ほど歩き、そして右手に現れる後山林道に入る。長い長い林道歩きだ。
後山林道は広く整備され歩きやすい。塩沢の音を聴きながら山の奥へ奥へと進んでゆく。当たり前の事だけれど、林道歩きは少しもの足りないが、それでもたまに見る塩沢の流れは、ほっとかれた自然という感じで美しかった。秋なんか紅葉が気持ちいいかも知れない。なんて事を小野Pと話した。作業車さえ通らなきゃ素敵な場所なんだけどな。
そんな感じでおしゃべりをしながら、写真を撮りながら、そして僕らは塩沢橋にたどり着いた。ここから登山道が始まる。後山林道に入って2時間弱が経った頃だ。
本格的に登山をはじめる前に僕らは昼食をとった。塩沢橋を越えた崖の下で、降りだした雨を避けながら休憩した。コーヒーも沸かして飲んだ。
昼食が終わると小野Pはカッパを着た。そして雨を浴びながら踊った。踊る理由を尋ねると「カッパなんて着る機会がないからさ~♪」という事だった。相変わらず目が輝いていた。少年だ。
ヨモギ尾根で迷う part1
ゆっくりと休憩を味わうと雨の装備をし、そして登山を開始した。
塩沢橋を超えると林道は二手に分かれるが、北に伸びる塩沢沿いの道を進む。山と高原地図ではここから点線。バリエーションルートという事になる。
沢の音を聴きながら進む。利用者が少なそうな道だ。苔むしているし、落石で道が埋まっているところや陥没しているところもある。
しばらく進むと左手に階段が出てきた。これが入り口だろう。しかし僕らはそこはスルーして沢沿いを進んでみた。そして数分後に道は無くなり戻ってきた。そして先ほどの階段を登った。
ここから本格的な山登りが始まった。
登山道は歩きやすいけど傾斜がキツイ。足首がピーンとなってしまう。 そう、地図によるとここからヨモギ尾根まではがんばりどころなのだ。尾根に上がるまで厳しい傾斜が続く。そして迷いやすいところでもある。
数分間そんなきつい斜面をジグザグに登っていると道標が現れた。「どっちに行っても奥後山に行けるよ」という道標だ。奥後山とはヨモギ尾根上にある山頂で、僕らは今日通過する予定。なのでどちらの道を選んでもいずれは奥後山には行けるので問題はなさそう。しかしよくよく見てみると、道標の左下に小さく「オクタマ小屋」と書いてある。という事は左の道をとれば奥多摩小屋が近いのだろう。よし、ということで僕らは反対の右の道を選んだ。そしてここが運命の分岐点となる。
山の斜面を左手に、右手に沢の音を聴きながら僕らは進んだ。
この塩沢沿いの登山道(仕事道)はかなり面白い。丸太で作った橋なんかも度々出てくるし、急斜面をトラバースしているので高度感もある。そして尾根をジグザクと登ったり岩場があったりなんかもする。展開がコロコロ変わるので飽きが来ない。
そうやって僕らは楽しく登山をしていたけれど、不安を感じないわけではなかった。進めど進めどヨモギ尾根にとりつく気配はなく、道はひたすら北の深い谷へと向かっている。しかも頑張って稼いだ標高も、さりげない微妙な下り坂でリセットされているようだ。携帯のGPSも効かない。
やはりさっきの分岐は左に行くべきだったか。右に行ってもすぐ合流すると思ったんだけど。まあもうちょっと行ってみようよ、って事で進む事にした。不安はあるけれど、まあ道はあるから問題はない。帰りたくなったら帰ればいい。
何度か立ち止まっては地図を確認した。そして僕らは現在地が完全にわからなくなっていた。ウネウネ登ったり下ったりしているので距離感もつかめない。
どうしたもんかなー、と考えていると「グルルルル」という低い音が下の方から聞こえてきた。バイクかな?と僕は思い込もうとした。幻聴だと思いたかった。小野Pには聞こえていない事を祈ったが、レコーディングエンジニアの耳は確実にその音をとらえていた。試しに「今の音をカタカナにするとどうなります?」と尋ねると、「グルルルル」と小野Pは言った。
「グルルルル」と鳴く鹿をイメージする。まあ、いるのかも知れない。
時刻は15時を過ぎていた。小雨は相変わらず振り続け、辺りは白いガスで沈黙していた。登山道は未だ標高を上げず、ヨモギ尾根に向かう気配も感じさせない。そして「グルルルル」という何かの鳴き声。クマを意識しない訳にはいかない。
小野Pと話し合った結果、僕らはビバークをしようという事になった。明るいうちに奥多摩小屋に行く事は難しいだろう、無理するくらいならどこか適当な場所を探して一泊しようじゃないか、という事になった。食料も充分にある、水もある、テントもある。クマ以外は何も問題がない。
そして何よりも僕はビバークと言うものがしてみたかった。今までいくつか登山をしてきたけれど、未だかつてビバークを経験した事がない。予定通り登山をし、歩き、そして予定通り小屋につきテントを張る。そう言った登山しかしたことがない。だからその、ビバークと言う緊急性を含んだ言葉に心が震えた。もちろん1人なら不安はあるだろうけど、小野Pと一緒なら楽しめるはずだ。
また、今日はこんな事もあるかもしれないな、ってのが頭の片隅にあった。僕と小野P二人だけの登山、しかもバリエーションで迷いやすい登山道。だから奥多摩小屋は難しいなって思った時に、すんなりとビバークという言葉がでてきた。
むしろ僕はビバークをしたがっていたのかも知れない。さっきの分岐を右にとったのもそうだ。目的地に辿りつけなくてもいいと言う気持ちもあった。だからぼーっと時間も意識せず山を楽しんでいた。
雲取山の山頂で素晴らしい景色を見るよりも、ビバークする事の方が魅力的だ。きっと小野Pも同じ様な気持ちに違いない。
クマとバリエーション
さてビバークは決まった。でもまだ時間はある。僕らはどこでビバークをしようか。
今まで歩いてきた塩沢沿いの道は、はっきり言って今後どうなるかわからない。いずれは奥後山に到着するのかも知れないが、それがどんなコースを描き、そしてここから何時間かかるのかがわからない。ヘタをすると塩沢を登り切った暗い谷でビバークをする事にもなりかねない。それは寂しいので避けたい。クマが1000頭いるかも知れない。鹿が1万頭いるかも知れない。まあでもそんな獣達よりも、現在地を知ること無く一晩を過ごすというのは不安だ。もちろん翌実歩いてきた道をそのまま帰れば良い事だけれど、それはあまりにもつまらない。せめて、最低でもヨモギ尾根にのりたい。ヨモギ尾根はどうであったか、という自分なりの意見を持ちたい。
という事で、僕らは目の前にある尾根を登る事にした。ヨモギ尾根から東に伸びている尾根で、この尾根を西へ西へと登って行けば、いずれはヨモギ尾根に辿り着くだろう。ヨモギ尾根は東にいくつもの支尾根を伸ばしているが、そのうちのどれか1つというのは間違いない。地図を見て適当に見当をつけた。そして気合を入れ登りはじめた。もちろん登山道もなければ踏み跡もない。踏み跡のようなものはただの獣道だ。
山の急な斜面に、足の裏をべたーっとつけて登っていく。足の角度がものすごいからカカトが張って痛い。僕の場合、ゴローを履いていると普通でもカカトが痛くなりやすいのに、この角度はひどい。
獣道らしき跡をたどりながら登る。獣道の上には鹿の糞が落ちている。10分に一度はそれをみつける。たまにクマのらしきものもある。しかし獣達はなかなか登りやすい道を選んでいると思う。トレースを辿っているとそう感じる。
カカトの痛みを我慢しながら、ジグザグジグザグしながら、クマがひょっこり木の後ろから現れる事を意識しながら、ひたすら道のない尾根を登っていった。
1時間くらい登ると登山道を発見した。少し喜んでしまったが、しかしここはヨモギ尾根ではない。ヨモギ尾根を巻いている登山道の1つ。僕らが登ってきた尾根はまだまだ上へと伸びている。ではいったいこの登山道はなんだろうか。地図には「作業道多く迷いやすい」とあるが、この事なんだろうか。
少し混乱をしたが、iPhoneのGPSが現在地を教えてくれた。
僕らの現在地は想像したよりもかなり南に表示された。まさかこんな事はあるまい、と小野Pの携帯と照らし合わせると現在地が一致。なんてこった。僕らは思ったよりも北に進んでいなかった。そして見当をつけていた尾根の、一本南の尾根を登っていた事もわかった。ぐるぐるとまわらされていたから距離を歩いたと思い込んでいたのだ。まさかまだこんな手前にいるなんて。
でもこれで確実な現在地がわかった。位置は奥後山から南東方面の尾根。標高は1200メートルくらい。ヨモギ尾根にでるにはあと200メートルほど上に登るだけだ。そこまでの距離は600メートルくらい。そして時刻は16時30。
よし、僕らの目的は決まった。今日のビバーク地は奥後山の山頂。地図で見る限りはスペースはありそうだし、時間的にもちょうど良さそうだ。1時間もあれば到着できるだろう。汗はだらだらで靴も泥でぐちゃぐちゃだけれど、あともう少し。登山道は完全に無視して登るのだ、この尾根を登り切るのだ。
相変わらず山は急だ。カカトの痛みに耐えかねてキックステップで登る事にした。申し訳ないが山にケリを入れまくり、足場を作っては一歩一歩登った。ふくらはぎに乳酸が溜まると、靴のサイドを使って登ってみた。意外にもこの方法が足への負担が少なく、お気に入りの登り方となった。
藪こぎと奥後山。そしてビバーク
もう少しで登山道か、というところで僕らを悩ませたのが藪だった。葉を動物に食べ尽くされた熊笹だろうか。僕の背丈以上はある。それらが尾根を覆い僕らの行く先を阻んだ。藪こぎくらいはいい。ただクマが怖い。藪の中は視界がほとんどないから、突然クマとこんにちは、って事をついつい想像してしまう。
気合を入れ、決死の覚悟で藪に突っ込む。そして良い場所を見つけては藪を巻きながらきつい角度の山を登った。
藪もなくなり、よし、登山道は目の前だ、というところでまた藪が出現。しかも今度の藪は先程に比べ密度が3倍はある。そして見上げる先の全てが藪で、とてもじゃないけど巻く事なんてできない。
先が全く見えない。この先は一体どうなっているのだろうか。果たして登山道はあるのだろうか。僕らはイメージ通り登ってきたのだろうか、と不安になる。
藪を見つめながらしばしの休憩。ミックスナッツをボリボリと食べる。水はあまり飲めない。クマの事を考えすぎてアドレナリンが出まくっている。おかげで疲労感もない。やたらハイテンションなだけだ。
よし、この藪を越えれば登山道があるはずだ。
覚悟を決め僕らは藪に飛び込んだ。バキバキと乾いた音を山に響かせ、硬くて伸びきった葉の無い笹を手でかき分けながら、漕ぎながら、歩きやすそうなコースを選んでは進む。それはちょうどクマが1頭が通り抜け出来るような道にも見える。否が応にもテンションが上がる。
そして、そしてとうとう山はまっ平らになった。斜面が終わった。ヨモギ尾根上にたどり着いたのだ。しかし藪は終わっていない。先は見えないし、登山道などない。早くこの笹地獄から抜け出したい。先はどうなっているのだろうか。
そして僕らは倒木の上に立ち辺りを見渡した。
そして絶望した。どこもかしこも藪だった。
登山道がなくなってしまったのだろうか。それとも僕らは間違った尾根を進んだのだろうか。この時、あまりにもショックで小野Pと何を話したか覚えていない。とりあえずもう少し進んでみようという事になった事は確かだ。
しかし、それからすぐに登山道に出ることができた。藪のない3メートルほどの道幅の、平坦かつ人工的な登山道がずーっとずーっと南北に伸びている。
やった。とうとう僕らは登山道ににたどり着いたのだ。道なき尾根を登り、藪をかき分け、そしてついに登山道へと出たのだ。たいらだ。これが道だ。これが人の歩く道だ。
それから僕らはヨモギ尾根を北にとぼとぼと進んだ。2時間ばかり続いた死闘の話しで盛り上がりながら。
そしてとうとう目的の奥後山の山頂へと辿り着いた。1466メートル。眺望もなくどの様に表現したら良いかわからない登山道の延長の様な山頂だけれど、僕にとっては今までで一番嬉しい山頂かも知れない。山頂に到着してこんなに満足な気分は味わったことがない。最高だ。
達成感を味わいながら一服を楽しみ、寝床の準備をする。整地をしてテントを張り装備を中に入れる。山頂にテントを堂々と張る事になるけど問題はないだろう。だってここに来る間に登山者に会うことはなかった。もちろん僕らが変な道を進んでいた事もあるけれど、ヨモギ尾根の様なマイナーな登山道を行く人はまずいないだろう。こんな雨の平日に。
身支度を整えるとお楽しみのディナー。今日のメニューはご飯を炊き、小野P大好物の焼きそばを作る。
そう、小野Pはあの傾斜の山道を、焼きそば二人前と材料、そして缶ビール2本かついで登ったのだ。そう考えるとすごく面白い。僕も白米3合とフライパンがセットになった重いクッカー、そしてMSRのドラゴンフライ。お互い、軽量とは無縁の装備できつい尾根を登ったと思うとすごく楽しくなる。がんばったかいあって、美味しくて豪華なご飯が食べられる。
小野Pが作った焼きそばは最高に美味しかった。そして僕のご飯も美味しく炊けた。腹がいっぱいで限界になるまで食べた。余ったご飯は翌朝のぞうすいだ。
夜9時過ぎに寝袋に入り、ヘッドランプの灯りを落とした。テントの外では鹿が鳴いていた。徐々に僕らとの距離を縮めている様だった。
不思議だったのが、東側の斜面で鹿が「ピュー」と鳴くと、すぐさま西の斜面で「コッ」という音が聴こえるのだ。東の鹿と西の何かが尾根を挟んでメッセージのやりとりでもしているのだろうか。それとも鹿の鳴き声が何かに反射しているだけなのだろうか。
「ピュー、コッ」、「ピュー、コッ」という音は次第に僕らに近づいて来る様だった。ゆっくりとその音と僕らの距離は近づいていく。ゆっくりと。
そして僕は眠りに落ちた。
翌日、ヨモギ尾根を下山
5月23日。朝起きるとテントの中は明るく、ぽかぽかとして暖かい。晴れだ。平和な朝が訪れたよ、と鳥がチュンチュン鳴いている。どうやら、乱暴で好奇心旺盛なクマさんにテントをイタズラされる事もなく、何事もなく朝を迎えたようだ。
僕はうつ伏せに寝ている。最近寝袋でうつ伏せで寝る事が多いが、みんなはどうなんだろうか。寝袋の形からして仰向けで寝るのがスタンダードな様な気もする。
小野Pはぐっすりと寝ているようだ。時刻は6時半。そして二度寝した。
次に目覚めた時は7時半。世界は相変わらず平和なようだ。たっぷりと寝たが、察するに顔のむくみ方がひどそう。きっと僕は鬼の子の様な顔をしているだろう。体は動くが頭もすっきりとしない。疲れが原因だろうか。水を節約して飲まなかったせいだろうか。
朝食にぞうすいを食べた。昨夜残したご飯に水を入れ、ぞうすいのもとを入れるだけの簡単なもの。水が少ないのに2人分で500mlほどの水をぞうすいに使った。まあいいんだ、いざとなったら沢に降りて水を汲む。ストーブの燃料も充分にあるから、それで煮沸して飲めばいい。めんどうだけど。
テントを片づけ装備をパッキングし、ひなたぼっこをしたりタバコを吸ったり、そんな風にのんびりと準備をして奥後山をあとにした。10時過ぎだ。
さようなら雲取山。もう少しなんだけれど、僕らには雲取山に行く時間も体力もない。
なだらかに南へと下っているヨモギ尾根を進む。新緑の季節だけあり緑がキラキラと美しい。青空もたまに見える山の稜線も、全てが美しくて平和だ。何よりも僕らは道の上を歩いているのだ。
しかしあまりにも平和すぎて眠たいし体も重い。平和ボケと言うやつだろうか。
そのまま穏やかにしばらく下ると尾根が広くなった。どこを歩いてもいいような、そんな広い尾根。気持ちは良いもののガスったら怖そうなところだ。
そしてそこからピンクの目印を頼りに下ると分岐点があらわれる。一方は「山道 塩沢谷」、もう一方は「至る 林道後山線」。
よし、今回は確実に行こう。塩沢谷にも興味があるが、後山線に向かうのが正しい選択だ。今日はおとなしく下山するんだ。僕らは昨日じゅうぶんに冒険したんだ。
ちなみに「塩沢谷」方面に向かう道は、きっと昨日僕らがぶつかった謎の登山道なのだろう。このままずっと北に伸びて僕らの通った場所を通過し、そしていずれかの場所でUターンをし、それはそのまま最初に歩いていた登山道になるのかも知れない。僕はこう考えているが、うーん、確かめてみたい。
「林道後山線」を目標に、進路はヨモギ尾根上を一時離れ西に下る。そしてまた東に戻りヨモギ尾根上に戻る。落ち葉が登山道をふかふかにしている。最近ここを歩いた人はいないようだ。
ぐるっとまわって再びヨモギ尾根上に戻ると、ここからはまた尾根を下る。ここが今日の核心部分。尾根を下るのは良いけれど、最後まで下り切ってはいけない。途中でどこか北東に伸びる登山道に入り、ヨモギ尾根上から離れなければならない。地図に迷いやすいと書かれている場所だ。そこを見逃してはいけない。
そして僕らは見逃した。
気がつけばかなり厳しい角度の尾根を突き進んでいた。どこに分岐点があったのだろうか。注意して左を見ながら進んだつもりだけれど全く気が付かなかった。
このまま進んでしまうとヨモギ尾根の終点。つまりは僕らが昨日昼飯をとった場所までショートカットしてしまう事になる。崖だ。そう、僕らは崖の下で雨宿りをしながら昼食をとったのだ。このまま尾根を進むとそこに出てしまうだろう。
大きな岩の上に乗って下を見渡す。もうすぐそこは登山道。塩沢橋も見える。資材置き場にあった赤い灰皿も見える。すぐそこなんだ。さて、どうするか。
ヨモギ尾根で迷う part2
小野Pが「一回戻る?」と安全かつ確実でナイスな提案をしてくれた。でも思わず僕は「行きましょう」と言ってしまった。テンションが上り過ぎていたのかもしれない。この状況が楽しくて仕方がないのかもしれない。だって最後の最後にこんなにも素敵で危険な登山ができるんだ。今日は少し退屈してたし、登山のシメには最高のシチュエーションだ。
それと、このまま進んでも降りられるだろうな、ってのがなんとなくあった。僅かだけれど、昨日歩いた登山道の記憶がまだ頭に残っていた。僕らが食事した場所は崖だった。でもその先の登山道の山の斜面は崖ではなかったはずだ。
北へ向かいながら下ればいい。そうすれば下りられるはずだ。きっと。
ものすごい急斜面。それに加え、足元は一面落ち葉が積もっている上にガレている。罠みないたところだ。落ち葉を踏めば簡単に滑って、そして近くの石が落ちていってしまう。
落石だけはしないように気をつけなければならない。なんてたって僕らの下には登山道があるのだ。「
行きましょう」と言った事を後悔しながら、ゆっくりと下った。
慎重に慎重に下る。しかしどんなに気をつけても積もった枯葉でズズズっと滑ってしまう。すると大きな石も小さな石も、鋭い回転をしながらものすごいスピードで急斜面を落ちてゆく。木にぶつかり飛び跳ね、弧を描きながら下に飛んでゆく。何かの武器みたいに。
そんな事を何度もやった。申し訳ないが、落石せずに下るのは不可能だろう。人がいないことを祈るのみ。
岩が大きく露出した場所ではクライミングの動きになった。ホールドを探し、足を伸ばしてステップを探す。安全なステップを見つけては丁寧に下りてゆく。一回滑ってしまえばあとは登山道までゴロゴロと落ちてゆくだけだ。細心の注意を払った。
しばらくして離れ離れになっていた小野Pと合流した。「一服しない?こんなところでタバコを吸うのもオツかなーと思って」と、彼は言った。
さすが小野P、余裕がある。いや、余裕があるのか、ただ単にタバコが吸いたいだけなのか、はたまた疲れただけなのかはわからない。しかしこのタイミングで一服なんて本当に素晴らしい。ピンチのピッチャーに一声かけて落ち着かせる名将のようだ。ここぞ、という時に発言して空気を入れ替える事ができる。こんな小野Pがいたからこそ僕も無茶ができる。
今日の前半戦とは違い目がキラキラとしている。彼の中の少年が現れたようだ。
最後の難関
一服が終わると再び下る。そしてしばらくすると登山道がはっきりと見えた。もう少しだ。しかし登山道と山の境目には段差があるようだ。降りられるだろうか。どれくらいの高さだろうか。
それにしても、登山道に誰もいないことが嬉しい。まあ当たり前と言えば当たり前か。僕らは昨日今日と二日間登山をしたけれど、登山者を1人も見なかった。登る人も下る人も。山仕事のおじさん1人を奥後山で見かけただけだ。
よし、僕らの落とした石は問題なさそうだ。これで気楽に斜面を下れる。
登山道に向けての最後の斜面は比較的下り易い角度。しかも下に人は確実にいない。なので何も考えず滑りながら、石を落としながら一気に降りた。カンカンと言う音を立てたくさんの石が登山道に落下した。そしてとうとう山の斜面の終わり、エッジ部分に辿り着く。そして下をみて登山道との高さを確認する。
うーん、3メートル以上はある。
登山道と山との境目には高さ3メートル以上の石垣が組まれていた。それが登山道に沿って続いている。ジャンプで降りるには少し高いか。降りれない事もないけど確実ではない。膝を痛めるかもしれない。ロープがあれば、と思う。
どうしたもんか、と様子を伺っていると、石垣が崩壊した箇所を発見した。ここだ。難しそうだけれど、ゆっくりと丁寧に探っていけばジャンプせずに降りられるかもしれない。
うしろにいた小野Pも最後の関門、石垣の部分に到着した。ズルズルと滑りながら。「おー」とか言いながら斜面をズルズル~と滑っているけれど、この人の場合は計画犯だ。目は大きく見開きランランと輝いているし、口元は笑っている。楽しんでいる。
彼は下をのぞき、「ザックがなければジャンプするんだけどなあ」と言った。この高さを飛ぶのかよと思ったが、試しに「タオルを繋いでザックを降ろしたらいいんじゃないですか?」と言うと、彼は持っていたタオルを結びはじめた。しかしずぐ「ザックが汚れるからやめた」と言いタオルを解きはじめた。
また彼は手に4メートル以上もありそうな樹の枝を持っていた。石垣に立てかけてあったものだ。どうやらその枝につかまって、「登り棒」の様にするすると下に降りるらしい。果たしてそんな事が可能なのだろうか。見てみたい気もするが、とりあえず僕は僕の事を考えよう。そして石垣が崩壊した箇所を降り始めた。
ゆっくりと崩壊箇所に近づき、そこからは真下に降りるルートを探した。手がかりになるのは僅かな岩だけ。足も1cmほどのステップが1つあるだけだ。うーんと悩みながらルートを探す。足を出したり戻してみたり。石垣に乗りたいけれど、コケでずるっと滑ってしまう。
悩んだあげく木の根っこを使う事にした。埋まっていた木の根っこを掘り起こし、強度を確かめ、そしてそれを掴んで足を降ろした。そして無事僕の右足は地面を踏んだ。静かに、何事もなく降りることができた。久しぶりの平地だ。
ものすごい達成感だ。最高に気持がいい。超気持ちいい、と叫びたいくらいのテンションだ。
そして冷静になり辺りを見回した。苔むした3メートル以上の石垣がずーっと続いている。崩壊した箇所がなければてこずっただろうなって思う。そしてすぐ隣には崖。断崖絶壁だ。こんなところに出てきたらひどい目に遭ってたな。本当に運がいい。ラッキーだ。
さて小野P。どうやら「登り棒」作戦は中止したようで、やはり降りやすい崩壊箇所から降りるようだ。長い木の枝は捨て崩壊箇所に向けて移動し始めた。
どうするのかなあ、と見上げていると、トットット、と小走りになった。
そしてそのまま「ピョン」と空に跳ねた。
両足飛びでかわいい飛び方だった。
彼の目はランランと輝き、口元は笑っていた。空を舞う少年だった。
そして小野Pは綺麗に地面に着地した。一瞬の出来事でカメラを構える暇さえなかった。
僕があんなに時間をかけて丁寧に降りたのに、小野Pは一瞬で降りてしまった。なんだか悔しい。小学生だったら彼はヒーローに違いない。そう思う。
まあ何はともあれ僕らは無事に下山をすることができた。本当に嬉しい。そして僕らが下りてきた山の斜面を眺める。本当にすごい角度だ。良くこんなところを下ったもんだ。
はちゃめちゃだったけれど、無事に今回の登山は終了。あとは長い林道をてくてく歩いてお祭のバス停に行くだけだ。
いやー本当に楽しかった。目的地にはたどり着かなかったけれど、サバイバルで冒険心に溢れた登山だった。こんなのばかりやっていたら普通の登山が退屈になってしまうかもしれないと思ったほどだ。それくらい楽しかった。
行きも帰りも迷った。ヨモギ尾根なんて少ししか歩いてないし、結局どのコースを進めば正解だったのか、と言うのもさっぱりわからない。多くの謎を残したまま下山する事になってしまった。でも道の無い尾根を登り下りしたことで、地形がよりわかるようになった。そして登山道のないきつい斜面も登れるって事がわかった。いざとなったら登ってしまえばいいんだ。今後道迷いをしたとしても、少しは慌てずに対処できるんじゃないかなって思う。
まあこんな登山を続けていたらいつかは大変な事になるかも知れない。だからもっと地図を勉強して山を歩いて、そしてどんな時でも生還できる男になりたいものだ。
以上。お疲れ様でした!