陣馬山登山と西沢林道
梅雨のまっただ中ではあるが、オノピーとテラピーと僕は陣馬山登山の計画を立てた。
しかし7月4日あたりの天気予報を見るも、ずっと雨続きである。僕は雨が降れば登山を中止したかったのだが、2人は小雨程度なら登山をすると言う。不思議だ。雨に打たれ、キャッキャしながら山道を歩く2人の姿が頭に浮かんだ。彼らはいつも以上元気に登山をするかもしれない。あるいはそう見えているだけなのかも知れない。まあ、僕の登山に対してのモチベーションはそんなものだった。
僕は大雨が降ることを密かに願っていた。土砂不利になってしまえばいい。連日の仕事でかなり疲れていたし、登山前日にいたっては、朝8時から夜12時までほとんど机の前を離れる事はなかった。3日分の仕事を1日でやっつけたと自負している。まあそんな事はいいんだ。7月4日はピーカンだった。
陣馬山と今回のコースについて
登り(相模湖駅ー与瀬神社ー明王峠ー陣馬山)
登りは相模湖駅からすぐ裏手の子孫山、明神山、明王峠を経由して陣馬山へ向かうコース。山と高原地図の参考タイムによると、相模湖駅から明王峠までは2時間20分。明王峠から陣馬山までは50分となっている。
与瀬神社から子孫山までと、途中でぶつかる林道から明王峠までは急登となっており、それ以外はなだらかな歩きやすい登山道。
なお相模湖駅の標高は200メートルほどで、陣馬山は854メートル。距離は相模湖から、ざっと5.5キロくらい。
下り(陣馬山ー一ノ尾根ー西沢林道ー藤野駅)
陣馬山の山頂から一ノ尾根で藤野駅方面に下るコースを利用。しかし途中から山と高原地図に載っていない西沢へ下りる尾根道をとり、西沢林道を歩いて下山。その尾根の入口から西沢へは30分ほど。西沢林道から一般道へも30分ほど。
西沢林道を終えると一般道をしばらく歩き、バスに乗り藤野駅に向かった。
相模湖駅から明王峠へ
朝9時過ぎに相模湖駅に到着。みなさん9時30待ち合わせだと言うのに9時過ぎには駅にいた。すごい。9時半過ぎに到着する一本あとの電車に乗らなくて良かったな、と心から思った。
オノピーは神奈川から横浜線で、テラピーは静岡から車でやってきた。僕は東京から中央線。3人の住む街を結んだ真ん中辺りが高尾エリアになるのだろう。
テラピーとは先日八ヶ岳の編笠山を登ったばかりだが、オノピーとは雲取山で惨敗して以来会っていない。お久しぶり。相変わらず彼は少年の様だった。
今日のコースは、与瀬神社から孫山→明王峠→陣馬山となっている。下山道はまだ考えていない。
陣馬山の山頂には茶屋が3つほどもあるが、平日なのでどれも営業していないと考え、僕らはセブンでお昼ごはんを買った。僕は冷やしたぬきうどんを、オノピーとテラピーはお弁当を買った。オノピーが弁当を手に取ると、てらぴーは「私も」と言い弁当を取った。ここに見えない主従関係が出来上がっているように感じた。
そう、オノピーとテラピーは今回初の顔合わせとなる。2人のキャラが被って反発してしまうかもしれないと心配していたが、思ったよりもうまくやっているようであった。テラピーの言うしょうもない発言にオノピーは優しく相手をしていた。なかなか良いコンビができそうかも知れない。
相模湖から国道20号を甲府方面にしばらく向かうと左手にセブンイレブンがあるが、その向かいから北に伸びる与瀬神社が陣馬山への登り口となる。中央道にかかる長い橋を越えると与瀬神社があり、そこから登山道が始まった。
早速、マイペースのオノピーはスタスタと登り視界から消えた。確実に後でバテるペースではあるけれど、バテるのならバテてしまえばいいと思う。陣馬山までの距離も標高差も知れているし、荷物も多いわけではない。オノピーはその事を知っているからこそ登りたい様に登っているのだ。そして彼はぐいぐい登る感じが好きなんだ。
僕とテラピーは先日の編笠山の恐怖からか、ゆっくりと登った。ゆっくりと言っても山と高原地図の参考タイムよりはやや速いくらいだと思う。経験として、そんな風に思った。
座敷わらしを追いかけている時の様に、カーブを曲がってはオノピーの後ろ姿がちらっととらえたが、進めど進めど彼に追いつく事はなかった。
暑い。7月の高尾はこんなにも暑いと言う事を知った。今まで夏は高山しか登山をした事がない。汗が静脈を出血したみたいにドクドクと流れでてくる。水の消費も激しい。テラピーも顔が赤くなっている。今年は秋まで高尾は登れんなあ~、と思った。
与瀬神社から始まった急勾配も、子孫山の山頂辺りで落ち着きを見せた。子孫山の山頂に登るのかなあと思っていたが、気がついたら既に巻いてしまっていたようで、その後の大明神山も巻いて過ぎ去ってしまっていた。登り口があったのかどうかもわからなかったが、せっかくなので登っておけば良かったと思った。
ショウノ塚と呼ばれるあたりでオノピーを捕まえた。オノピーを捕まえる前、僕とテラピーは ”大声でオノピーと叫び、どちらがオノピーに気づかせるか” 大会をやっていた。テラピーが先行して「オノピー!!!」と全開だがかなり小さい声で叫んだ。そしてもちろん僕は叫ばなかった。
1時間ぶりのオノピーは相変わらずで楽しそうだった。「アイアンを持って歩いている人歩いていなかった?」と言っていた。確かにそんな普段着の人はいた。どこかでゴルフでもやっていたのだろうか。
ここで軽く一服し、今度は3人そろって歩を進めた。
しばらく進むと奈良本峠への分岐に出合い、悲しくも山中を貫く林道を過ぎた。そしてこの辺りから、先頭を進む僕は2人を離しにかかった。特別な理由はなかったけれど、自分が思う良いペースはどんなもんだろうか、と試してみたかったし、先ほどまで1人で先行していたオノピーの気持ちを感じてみたかった。それとオノピーとテラピーとのカラミが気になった。
林道を過ぎたあたりから明王峠に向け道の勾配はきつくなる。木段だらけで登るのも一苦労だ。それに頭上を遮るものも無いので、お日様が容赦なく光線を僕に浴びせた。暑い。水の減りがとんでもない。
明王峠に到着し、ベンチでプラティパスからナルゲンボトルに水を移し替えた。水の減りが異常に早く、持ってきた2リットルの水は既に残り500ミリリットルになっていた。帰りの分がねぇなあなんて思っていると、テラピーとオノピーが明王峠に到着した。「若い人は~ねぇ~」とか何とかおばちゃん達に話しかけられている様で面白かった。
昼飯は陣馬山の山頂で取る予定だったけれど、とりあえずハラが減ったので僕はオニギリを食べた。オノピーは魚肉ソーセージを食べ、テラピーはチーカマを食べた。魚肉ソーセージもチーカマも似たような形の商品であるし、コンビニの同じコーナーで売っている事が想像できた。どちらが先にそのコーナーに行ったのだろうかと考えてみる。きっとオノピーが先に魚肉ソーセージを手に取り、それを見たテラピーがチーカマを手にしたと想像する。妹分のテラピーがマネしたのだろう、と想像する。
「髪を結ぶゴムかヒモみたいのないかなあ」とテラピーが言っていたので、僕の持っている細挽きを切ってあげた。髪を結んでいたゴムを無くしてしまったようだった。
細挽きにハサミをあてながら、これじゃ短くない?とテラピーに確認すると、大丈夫だとテラピーは言う。そして1分後にテラピーはやっぱり短いと言った。なので僕はもう一度細挽きを切ってテラピーにあげた。そしてテラピーはそのヒモで髪をうしろに結んだ。そして十数分後、テラピーはそれを無くした。こうなると逆に可愛げがあると思う。
明王峠から陣馬山へ
明王峠からのなだらかな尾根道を、陣馬山に向け僕らは歩いた。
明王峠から陣馬山まで続いているこの尾根上にはいくつかの細かいピークがある。しかしそれのほとんどには巻道があり、巻道がメインの登山道となっている。予想通り、わんぱくなオノピーは巻き道を行かず、上り下りのあるピーク経由の道をあえて選んで進んだ。そしてそれを見て「私も行く」とテラピーは続いた。登山道を逸れ斜面を登っていく2人の姿は13歳くらいの少年少女の兄弟の様だった。遭難してしまえばいい。
そんな事を3回ほど繰り返すと、陣馬山山頂への最後の登りとなった。多くの山頂と同様に、陣馬山の山頂も木段である。それを見てオノピーは走って木段を駆け上がった。それを見たテラピーも木段を駆け上がった。そして山頂まで数十歩と言うところでテラピーは座り込んだ。ここまで来たら山頂で休みなさいよ。
そしてその後、テラピーとオノピーは東に拡がる眺望に心を打たれた様で写真を撮っていた。ここまで来たら山頂で山頂で撮りなさいよ、と思った。
陣馬山の山頂。相変わらず白馬のオブジェが空に向かって首を反らしていた。富士見茶屋ではテラピーがイチゴのかき氷を注文した。
僕はそのかき氷を一口もらって思ったんだけど、色はピンクでもイチゴの味なんてさっぱりしない。なぜこれがイチゴなのだろうか。イチゴ味ではなくイチゴ色って事なのかもしれない。確かにイチゴとは書いてあるがイチゴ味とは書いていない気もする。10年ぶりくらいにかき氷を食べふとそう思った。まあいい、山の山頂でかき氷を食べられるなんて幸せな事だ。
そんなかき氷を美味しい美味しいと言いながらテラピーは食べていたが、すぐに寒いと言っていた。
オノピーは持ってきた缶ビールを飲み発言が不明瞭になりつつあった。そして僕らはお弁当を食べた。
お弁当を食べ終わると清水茶屋に入りくつろいだ。清水茶屋のテラスは眺めも良いし、屋根は日差しを遮ってくれた。
清水茶屋でオノピーはところてんを注文したが、食べる前に手を合わせ「てんにましますおてんとうさま・・・」と唱え、おてんとうさまとところてんに感謝をしていた。ウケる。完全に酔っ払いだ。缶ビールも二本目で顔が赤くなっている。
またオノピーとテラピーは景色を見ながら「ここから飛べそうな気がする」と言うとりとめのない会話をしていた。「どこまで飛べるか」とか「どこまで転がるか」とか、そんなしょうもない話しだったが、危うく僕も引き込まれそうになった。
さて、下山のコースである。僕らは登りのコースは考えていたが、下山は考えていない。山と高原地図を見ながら、栃谷尾根で下るか、一ノ尾根で下るか、はたまた来た道を帰るか、そんな話しをオノピーをしていると、どこかテキトーなところ下りる?みたいな話になった。そう、僕とオノピーが一緒だと毎度バリエーション登山になる。
オノピーが「西沢に下るのはどう?」なんて聞くから、いやいやそれは無理っすよ、道もないし沢だし、って思いながらiPhoneアプリの「Field Access」の画面を拡大すると、なんと一ノ尾根から西沢に下る登山道、そして西沢沿いの登山道も発見した。
50000分の1の「山と高原地図」にはその様な登山道は無いが、国土地理院の地形図にはその道がある。廃道だろうか、仕事道だろうか。まあとにかく道らしきものはあるので行ってみようって事になった。失敗したら250メートルほど登り返せばいい。大変だけど。
一ノ尾根から西沢へ
清水茶屋の前にある道を進むとそこは一ノ尾根。そこを僕らは下った。
しばらく歩き、1つ目の分岐を過ぎて10分ほど歩くと、その「登山道であったらしき」尾根は南に伸びていた。もちろん道標もないし目印も踏み跡らしきものもない。しかしその尾根は人が利用するのに手頃なサイズの様に思えたし、ここを下りなさい、って尾根が言っている様な気がした。念のためにオノピーの携帯で確認すると、GPSは僕らの位置をその尾根の前に示していた。そして我々は不安と期待混じりでその尾根を下った。
先ほどまでののんきな感じとはうって代わり、僕らの登山は冒険要素を含み始めた。コンパスで進路を確認しつつ進み、間違った尾根にだけは入らない様にしたい。そうやって集中しながら下っていると、体中から汗が吹き出した。楽しくなってきた。これぞ登山。五感で山を感じる事ができる。
標高が下がるにつれ、着実に尾根は細くなりつつあり、そして傾斜もきつくなった。尾根は右に左に曲がりながら着陸地点を探しているようだった。
沢の音が聞こえるようになると、山の傾斜は更にきつくなった。そして沢が遠くに見えると僕は少し不安になった。沢沿いに登山道がなかったらいやだなあと。雰囲気的に、今下っている尾根が沢にダイレクトに着地している様な気がした。
なので僕は途中で下るのをやめ、オノピーが沢に辿り着くまで上から様子をうかがうことにした。万が一の場合、こんな急勾配の尾根を登り返すのは面倒。1メートルでも楽をしたいのだ。
しかし無事オノピーは登山道を発見した。よし、これで問題なく下山をすることができる。あとは西沢に沿って歩くだけだ。
西沢は人知れず静かに水を運び続けていた。谷底を覆い尽くした緑は、一ノ尾根と栃谷尾根のわずかな隙間から入ってくる光に照らされ輝いていた。なんと緑が豊かなところなのだろう。木々や葉っぱが人様に遠慮せず好き勝手に生えている。秘境だ。ここに辿り着くために、今日一日歩いたのかも知れない。
以前丹沢で遭難しかけた時も、間違った尾根をひたすら下り、このような沢の出発点に辿り着いた事がある。その時も人が近づいてはいけない様な、神々しい秘境を見た。それを見たせいで、俺はもう死んだな、と思ったものだった。その丹沢の沢とこの西沢の雰囲気は違うけれど、その時と同じ様な感覚を持った。ハッとさせられる。森の中で鹿を見た時の様な、お互い珍しいものを見合った様な感じと言えばいいだろうか。たとえそれが動物ではなく植物だろうと水だろうと、その場全体が僕を見てハッとしている様に感じる。そして僕もハッとする。しばらくここにいたら仙人になれるかも知れない。
西沢に沿って下る。以前はしっかりとした道だったのだろう、草生してはいるが西沢沿いの登山道は道幅もあり歩きやすかった。
テンションのあがったオノピーはいつもの様に目がランランと輝きニコニコと笑っていた。本日初の、カメラに向かってのピースサインも出た。そしてずんずんとガキ大将の様に先を進んで、不思議な踊りをしながら歩いていた。絶好調の様子だ。さすがのテラピーもその姿を後で見て笑っていた。
途中、沢をまたぐ箇所があり、僕らはそこで水浴びをした。体が汗でベトベトだったので本当に気持ちが良い。
そしてリフレッシュをすると、また緑にまみれた登山道を進んだ。
こんな道があと3時間は続くと嬉しいのに。視野には沢山の、様々な形をした鮮やかな葉が入り飽きる事がないし、尾根と尾根は外部の音をシャットアウトしてくれている。本当に素敵な所だ。
しかし残念な事に、西沢林道は車が乗り入れられるサイズの道へと変わった。そしてしばらくすると道はゲートに出会い、僕らの沢歩きも終わる。ゲートを越えてしまえば一般道だ。 ゲートには「西沢林道」とあった。
オノピーとテラピーはゲートをリンボーで越えようとしていた。そして帰り道ではでんでん虫探しをしていた。夏の夕暮れ時の暖かい日差しを感じた。
そんな調子でオノピーとテラピーとの登山は終わった。何だか夏休みみたいな素敵な登山になった。記憶に残る様な印象的な登山。またこの3人で登りたいものだ。
それと今回思ったのは、僕は沢の出発点、谷底の雰囲気が好きなようだ。地図で滝を探してそこを目指してみようか、シャワークライミングでもしてみようか、と真剣に考えている。夏なんて涼しくて気持ちのいい事だろう。